小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ノブ  ・・第1部

INDEX|45ページ/80ページ|

次のページ前のページ
 

「ほな、私も・・」と、また奥に引っ込んで、今度はお盆にお銚子とお猪口、肴を載せて来た。

「あんたらは、お腹一杯、食べや」
「おばちゃん、チビチビやりよるからね」と美味しそうに、手酌で猪口をあおった。


「あ、そやそや・・忘れた」おばちゃんはまた台所に引っ込んで、今度はお茶碗を持ってきた。

「うどんばっかりやから思うてな、かやくご飯も食べや?!」
「かやくごはん?」

ボクは耳慣れない名前に面喰いつつも、大ぶりなお茶碗に盛られた、美味しそうな五目御飯を受けとった。

「大阪ではな、混ぜめしの事をかやくご飯、言うんや」
「うちでは、暑い間は、寿司飯で出すねん・・・ま、五目寿司やな」

ほんまのかやくご飯は、寿司飯やない炊き込みやけどな・・と笑った。

おばちゃん流のかやくご飯、つまりは五目寿司も美味しかった。
酢は関東のものほど強くはなくて、ほんのり・・・という感じだった。

「あは、これ、天ぷらにも合うっちゃんね!」恭子も美味しそうに食べた。

「そやけど、キョウちゃん、あんたもよういけるな・・うどんに天ぷらに、ご飯やろ」
「うち、この人よりも食べるかもしれんけね」

ひゃ〜、そのちっさい体でな・・とおばちゃんはマジマジと恭子を見た。

そのうち、盥のうどんが空になり、天ぷらとかやくご飯も綺麗に食べてしまい、ボクらはご馳走様を言って器を台所に運んだ。

「そんなん、後にしいや」とおばちゃんの声が聞こえてきたが「は〜い、でも、すぐやけ」と二人でさっさと洗って水切りに伏せた。

「さ、終わったっちゃ」
「おばちゃん、ご馳走様。美味しかったっちゃ!」

「うまかったです、全部。ほんとにご馳走様でした」
ボクらが言うと、おばちゃんは照れながら「そんなご大層なもんやあらへん・・でも、おおきに!」と言った。

「おばちゃん・・」恭子が言った。
「なんや?」

うちも、それにして良か?とお銚子を指差した。
「あはは、なんや、ええよ、勿論」おばちゃんは、奥に猪口を取りに行った。

「うち、ご飯でお腹一杯になってしもたけ、ビールはもうムリっちゃ」
「あとはお酒にするけん」
アンタは?と聞かれて、ボクは「止めとく、日本酒は怖いよ」と言った。

さ〜さ、続きやつづき・・・とおばちゃんは、嬉しそうに恭子にお猪口を渡してお酒を注いだ。





       去年の夏の出来事






恭子がお猪口を空けて「うん、やっぱ、うちはこれかな」と嬉しそうに独り言を言った。

「キョウちゃん、あんた九州やろ?」
「焼酎は、どないやのん?」

あ、もちろん、好きっちゃ!と恭子は笑いながら言った。
「焼酎も好きやけど、日本酒って、落ち着くっちゃんね、なぜか」
「まぁ〜、なまいきな二十歳やね、この子は」とおばちゃんも笑った。

ノブちゃんは?コッチはええのんかと聞かれたから、ボクは「今夜は、ビールにしときます」
「また変になっても困るし」と苦笑いしながら答えた。

「なんや、まぁだ気にしてたんかいな?!」
「ええやないの、たまには取り乱しても」

キョウちゃんがいてるやん、あんたには・・・な?とおばちゃんは優しい目でボクらを見た。

「さ、聞かせてや?続き」と、おばちゃんはボクにビールを注いでくれた。

ボクは話した。
高校に入ってからの、進路を巡っての親父との確執。
そして、去年の夏に一人で考えたくて登った山で、彼女に逢った事。

お互いに好きになって付き合いだして自分の悩みを聞いて貰った事、そして彼女の後押しで医学部進学を決意した事を。

そして最後に、彼女の支えで受験勉強を乗り越えられた気がするんだ、と。

「そうやったと」静かに聞いていた恭子が言った。
「じゃ、もしかして恵子さんがおらんかったら・・アンタ、医学部には来とらんかったと?」

「うん、そうだったかも、そうじゃなかったかも・・分かんないな」
「兄貴の大学を見学して、いいなって思ったコトも事実だしね」

「でも、恵子さんが協力してくれんかったら・・・受からんかったかもしれんっちゃろ?」
「それは、そうかもしれない。オレ一人だったら挫折してたかもね、途中で」

凄いっちゃ、恵子さん・・・うちやったら、好きな人との時間を我慢してなんて、ようしきらん気がする・・と恭子は下を向いてしまった。

「恵子さんのお陰、なんやね」恭子は小さな声で呟いた。
「え?」

だってそうやろ?恵子さんと出会わんかったら、アンタ、今頃は浪人か文学部やったっちゃろ?と顔を上げた。
ボクは、恭子の目から涙がひと筋、ころがり落ちるのを見た。

そしてまたひと筋、涙を静かに流しながら恭子は続けた。

「だって、恵子さんがおらんかったら、うちもアンタに会えてないっちゅうことやけね」
「どう言っていいのか、よう分からんけど」
「何か、泣けてきたっちゃ・・」

おばちゃんは、そんな恭子を愛おしげに見て言った。

「ええんよ、キョウちゃん」
「あんたはあんたで、ノブちゃんを一生懸命、好きでいたらええねん」

そしてボクの方を見て「な、ノブちゃん、辛い思うで、この子の胸のうちも」
「もちろん、好きな恋人にいきなり死なれたあんたも可哀そうやけど、そんなあんたを好きになってしもたキョウちゃんの気持ちも、分かってあげや?」

はい・・としか、ボクには言えなかった。
そして、猪口を置いて静かに泣いている恭子を見て、切なくて愛おしくて抱きしめたくなった。

「ええな、あんたら・・」
「うちの人が生きとったら、何て言うたんやろね、あんたらに」

優しい人やったさかい、二人とも抱きしめて泣かせてくれたかいな・・・いや、自分も一緒になって泣いてしもたかもしれんな・・とおばちゃんは笑った。

「有難う、おばちゃん・・」恭子は泣き止んで、微笑んで言った。
「うち、大丈夫やけ」

「うちな、今までずっと、恵子さんには敵わんっち思っとった」
「それが、うちの一番のコンプレックスやったっちゃ・・・」

「どう頑張っても、亡くなった人とは勝負にならんけね」

恭子は、言った。
「うち、もう頑張るの、止めた」
「うちは、うちでアンタを好きでおる・・・勝負は無しっちゃ!」

「だって、恵子さん、凄くええ子やもん・・あ、年上やけ、ええ子は失礼っちゃね」恭子は微笑みながら「な、アンタ・・それで良かろ?」
うちはうち、恵子さんは恵子さんで・・と。

恭子はもう泣いてはいなかった。

ボクはそんな恭子に「有難う」と言って、無理やりに微笑んだ。
今度はボクが、泣いてしまいそうだったから。

恵子のための涙なのか、恭子のための涙かは分からなかったが、胸の奥から押し寄せてくる波を押しとどめるのにボクは必死だった。

そんなボクを見て、おばちゃんは微笑みながら言った。

「ノブちゃん、ええんちゃうか?」
「もう、我慢せんでも」

おばちゃんの一言で、ボクの我慢は脆くも崩れてしまった。
こんな時に、優しい言葉ほど心に響くものはなかったから。

ボクは、泣き顔を見られまいと両手で顔を覆って、この波が去るのを待った。
でも、両手の震えは隠しようも無く、止まらない嗚咽に掌は涙と鼻水でグシャグシャになってしまった。