ノブ ・・第1部
生姜と茗荷が効いたのと、やっぱり元気な恭子の笑顔がボクの元気の元なんだな・・・と改めて気付かされた気がした。
「ふ〜、何だか元気になってきたよ、オレ」
「良かったっちゃ!アンタが沈んでたら、うちも詰らんけね」
恭子はテーブルに両肘をついて、ニコニコとボクを見て言った。
「さっきは、有難う・・」
「ん?なに?」
「言うてくれたろ?色々」
「だって、好きだもん、恭子がいなくなっちゃったら・・オレ」
ありがとう、嬉しいっちゃ・・と恭子は言って素早くテーブル越しにキスしてくれた。
「さて・・と、うちはまたおばちゃん手伝ってくるけ・・アンタはどうする?」
「また、部屋で休んどくか?」
「まさか、もう気分はスッキリしたんだから・・・おばちゃんに聞いてみるよ、何か仕事が無いかどうかさ」
そうやね・・と恭子が言って、ボクらは台所に行った。
そして、恭子は台所、ボクは、お風呂掃除を仰せつかった。
「悪いな、ノブちゃん、大きいから難儀やで?」
「いえ、大丈夫です。こう見えても掃除って好きなんですよ」
ボクは風呂場に行って、教わった通りに湯船のお湯を抜き、デッキブラシで洗い場をゴシゴシと洗った。
途中、暑くなってきたので上半身裸のパンツ一丁になった。
店の裏は坪庭に面していたから、明け放した風呂場の窓からは蝉の声がシャンシャン・・と聞こえてきた。
それは子供の頃、宮崎で初めて聞いた、熊蝉の声だった。
洗い場の次は湯船だった。
ここは、おばちゃんに渡された専用のタワシのお化けみたいなヤツで軽くこすればいいと聞いたから、楽だった。
それでも風呂掃除を終えた時はさすがに汗だくになってしまったから、ボクはパンツも脱いで水のシャワーを浴びた。
全部が終わって風呂場の扉を開け放つと、窓からゆるやかな風が入ってきて、風呂場から脱衣所を通り抜けた。
「夏の風だな・・」
でも、水浴びした体には気持ちいい風だった。
ボクが体を拭いて店に戻ると、店はまた混雑していた。
「ボクも手伝います」
「あ、ノブちゃん、おおきに・・」
ほな、あそこのお客さんの注文、聞いてきてや・・・とおばちゃんに頼まれた。
入口近くに座っていた、女の子4人連れの席だった。
「い、いらっしゃいませ・・」なにしろ初めての接客だったから、ドギマギしながらの注文取りだった。
多分、引きつった顔をしてたんだろうな。
その中の一人が聞いた。
「あの・・この、おかめうどんって、どんなのですか?」
あ、この人達も観光客なのかな?と思ったら、途端にボクの緊張はス〜っとどこかへ行ってしまった。
ボクらと同じ観光客なら気後れするコトもないからね。
「おかめは、椎茸やゆで卵、カマボコなんかが載ってて、美味しいですよ!」
「へ〜、東京には、ないよね・・・私、それにする」
「じゃ、私も・・」二人がおかめを注文した。
「私は暑いから、何か冷たいの食べたいな」
「熱いのしかないの?」
「冷たいのなら、冷やしうどんも美味しいです!」とボクは言った。
「へ〜、冷やし・・・聞いたコト無いね」
「それにしてみようかな、本当に美味しいの?」
僕は多少ムっとしたが、勤めて冷静に「美味しいですよ、二日酔いの時なんかは、特に・・」と思わず言ってしまった。
すると女の子達は「あはは、別に二日酔いじゃないけど・・おいしそうだから、それにしてみるわ!」と笑いながら言った。
その二人が、冷やしうどんを頼んだ。
「はい、少々お待ち下さいね・・」ボクが奥に引っ込んで注文を伝えようとしたら、おばちゃんと恭子が笑っていた。
そして、小さな声で言った。
「ノブちゃん、二日酔い・・・は余計やで?!」
「あ・・すいません、何か、変なコト言っちゃって」
恭子も、笑っていた。
「アンタ、向いてないかもな、接客には」
「だって、おいしいんですか?なんて聞くからさ・・」
「ま、いいっちゃ・・・ほら、あそこのテーブルの器下げて、布巾で拭いてきて?」と恭子は、ボクに指図しながら洗いものにかかった。
こんな感じで、結局、夕方過ぎまでボクらは店を手伝った。
客足が一段落してから、おばちゃんが言った。
「何や、今日はお客さん、多かったな」
「キョウちゃんらは、もしかしたら福の神なんやろか」おばちゃんは嬉しそうだった。
「へへ、うち、楽しいっちゃ!」
「ボクも、久しぶりに体を動かしたって、感じです」
「有難うな、ほんま・・・」
「ほな、今夜も泊っていきや?ご飯も食べさしたげるし」
いいっちゃ、おばちゃん、悪いっちゃ・・と恭子が言ったが、おばちゃんは「ええやん、こうなったら暫くいてたらええわ」
「今日みたいに手伝うてくれたら、ちゃんとバイト代も払うし」
ボクらが、どうしようか・・・と思案していたら、おばちゃんが言った。
「それに、キョウちゃん、ホテル引き払ったんやろ?」
「これから、また探すんか?」
難儀やで?夏休みやさかい・・・とおばちゃんはダメ押しした。
確かにその通りだった。
「そう言えば・・うちらは、もう帰るとこがなかったっちゃんね」
「あはは、そないに大げさなこっちゃない思うけど、あんたらがいてくれたら、おばちゃんも助かるし」
「あんたらも、宿もご飯も助かるやろ?」
それに、あんたらといてたら、おばちゃんも楽しいねん・・・と言ってくれた。
「そこまで言われたら、お世話になりますっちゃ」恭子がペコリと頭を下げた。
慌ててボクも「お世話になります」と言った。
さて、そうと決ったら・・・おばちゃんが言った。
「今夜は、もう少し開けとくか?!」
「そやな・・・8時頃に仕舞おうか」
「おばちゃん、いつもは何時頃まで開けとると?」
「適当や、私が疲れたら終わりやね、大体」
でもな、長っ尻の飲み助が頑張ると遅くなるな・・と笑った。
それから、数人のお客さんが入れ替わり入ってきて、結局、おばちゃんが暖簾を仕舞ったのは8時半を過ぎていた。
「ふ〜、ほんま、ようけ来たな・・今日は」
「うん、いいコトっちゃね、商売繁盛が何よりやけね」
「じゃ・・」ボクは、全部のテーブルを拭いてまわった。
暫くして、恭子とおばちゃんが奥での洗いものを済ませて来て、エプロンを外しながら一息付いた。
「さて、飲むか?キョウちゃん」
「え、いいと?」
勿論や、働いた後の一杯は当然のご褒美やんか・・とおばちゃんはコップを三つ持って来た。
「あ、ボクは・・」
「なんや、ノブちゃん、まぁだ二日酔いなんか?」
「・・いえ、そう言うワケじゃないんですけど」
「また、酔っ払っちゃうと迷惑かけそうで」
「いいっちゃ、アンタ」
「酔って、色んなコト思い出したら、その度に話してくれればいいけね?!」
こんなコト言うたら・・とか、うちに気を遣っとったけ、溜まってしもたっちゃろ?・・・と恭子は言ってくれた。
「アンタは、いいっちゃ」
「思った通りに思ったコト言うてくれたらな」
「そりゃ、うち、焼き餅妬きやから面白ろないコトもあるかもしれんけど」
うちもな、アンタの、その彼女のコト?聞きたくはなかっちゃけど聞きたい、言うのも本音なんよ、そやけ・・・と恭子は言った。
「・・・・」