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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

INDEX|40ページ/80ページ|

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恭子は「なら、また来るけね!」と言い残して、階段を下りて行った。

ボクは窓を開けた。
暑い空気と一緒に街の喧騒が一気に部屋に入ってきて、外は完全に夏だった。

時間は正午近くなのだろうか、道行く人々の影は小さく、アスファルトの照り返しも厳しかった。

ボクは、窓を閉めて畳に横になった。
部屋はまた静かになった。

気分の悪さは大分軽くなったが、何かをしよう・・・とは、まだとても思えなかった。

暫くボクは天井を見ながら、昨夜のコトを思い出そうとした。

「途中から恵子のコトを思い出して、それから・・」

そうだった、次から次に思い出が浮かんできて、そのうちに声まで聞こえてきて・・・そうか、それで泣いたんだ・・ボクは思い出した。
そして、恭子が寝かしつけてくれたんだな。

「オレって・・」

目を閉じると、恵子の顔も声も、まだ鮮明に浮かんでくる。
春からこっち、思い出す辛さに耐えられなくて、思い出すまい考えまいとしてたのだろう。

夏までの間勉強に集中したのも、考えたくなかったからだったし。

そして恭子が現れて新しい時間をくれて、ボクは笑いを取り戻しは、した。
「でも、まだムリだったってコトか」

正直、ボクは分からなくなっていた。
恵子のコトは忘れてはいない、でも、恭子も大切な存在であるコトは確かだった。

「オレ、どっちが好きなんだろう・・」
今、あり得ないコトだけど、もしも恵子がここに現れたらボクはどうするんだろう。
恭子と別れて東京に帰るんだろうか、それとも・・・。


「・・・どうね?気分は」

横になってたボクを上から覗き込む様に、恭子の顔が逆さまにボクの視界に入ってきた。
ボクは、その顔を黙って見つめた。

「なん、神妙な顔して・・何か付いとる?うちの顔」
「恭子さ・・」

ボクは横になったまま聞いた。
「前の彼女を思い出して泣く様な男って・・」
「嫌じゃないの?」

恭子は、ボクの横に来て座った。やっと逆さまが直った。

「うちな、あれから風呂上がって、おばちゃんと少し飲みながら話したんよ」
「おばちゃんがな、言いよったっちゃ・・・」

「ノブちゃん、可哀そうやけど、キョウちゃんもな」
「いくら、前の彼女を忘れてなくてもええ、言うても、あんたも辛いやろね」とおばちゃんに言われて、今度はうちが泣いてしもたっちゃ・・と言った。

「悲しかったっちゃ、泣いてるアンタを見てて、なんも出来ん自分が歯がゆくてな・・」

そんな時に、おばちゃんに優しい言葉を掛けられたもんやから、我慢出来んかったっちゃ・・と恭子は言った。

「うちな、平気やっち思っとったと、夕べまでは」
「アンタが彼女を忘れられんでも、うちがそばにいてあげられればってな」

「思いあがりやったばい、うちの。それがよう分かったっちゃんね」
「アンタの悲しみは、うちがどんなに想像しても、きっと全部は分からんやろ?自分の思いあがりが情けなかったっちゃ・・」

そやけ、反省したんよ・・・と恭子は続けた。

「アンタを好きになって、アンタが振り向いてくれたけ嬉しくて有頂天になってしもうて、自分のエゴで引っ張り回してしもたんかなって」
「なんか、うち・・アンタを救えるのはうちしかおらん!みたいに勘違いしとったんやね」

ボクは、それは違う・・と言いかけたが恭子に止められた。

「いいっちゃ、分かってるけ」
「アンタもうちを好いてくれとるコトはな・・」

「でも、アンタの心には、恵子さんがおるっちゃ。きっとこれからも泣くやろ、思い出して」
それは仕方ないっちゃ。でもな、そんな時、うちに何が出来るんか考えたっちゃけど、答えが出らんのよ・・と恭子は下を向いた。

ボクは、何と答えたらいいのか、分からなかった。

「な、アンタ・・・」暫くして、恭子がボクを見て言った。

「うちのコト、好いとる?」
「うち、アンタにとって、必要?」
恭子の目には、いつの間にか涙が一杯に溜まっていて、ボクは胸が締め付けられる思いだった。

その問いに答える代わりにボクは恭子を抱きしめた。
そして、言った。

「お願いだから、そんなコト言わないで」
「オレ、恭子がいなくなったら・・」

ボクの中で、一つだけはっきりしたコトがあった。
それを、恭子に言った。
「思い出しちゃったら、また泣くかもしれない、でも恭子にそばにいて欲しい」
「オレ、泣き虫かもしれないけど・・恭子が好きだよ・・・本当に」

ほんと?うち、このままアンタを好きでいていいと?恵子さんにはなれんけど、それでもいいと?と恭子は泣きながら言った。
恭子は続けた。

「夕べはな、アンタがあのまま、どこか遠くに行ってしまいそうで怖かったっちゃ」
「アンタが今、うちの前からおらんくなったらっち思ったら・・堪らんかった」とボクの胸でしゃくりあげながら。

ボクは、そんな恭子の頭を抱えて言った。

「オレ、忘れようわすれよう・・とし過ぎてたのかもね、恵子のコト」
「だから余計に、溜まっちゃったのかもしれない」

そうやっち思う・・と恭子は小さな声で言った。
「・・・ずっと呼びよったとよ、けいこ、けいこって」

「え、ほんとに?!」
「うん、覚えとらんやろけど、ずっと名前を呼んどったと。タオルケットにくるまってな」
「・・・・」

「そやけ、うち・・・悲しくて寂しくて、苦しくて・・自分が何なのか、よう分からんくなって不安になったっちゃ」
「救ってあげるなんて、おこがましいって、分かったと」

恭子は続けて言った。

「うち、坊さんでも神父さんでもないんやけね、当たり前っちゃ」
「でもな、アンタを好きな気持ちは、本物やけ・・」
「やけん、救うなんて大それたコトは出来んけど、好きでそばにいるコト位やったら出来るっちゃ」

それでも、いい?と恭子はやっと顔を上げた。
恭子の言葉は、ボクの胸の深いところに直接大きく響いた。

「うん、お願い・・」ボクは今まで以上に、この小さな女の子が愛おしくなって抱きしめてキスをした。

そして、恭子に言った。
「一緒にいよう。二人で色んなトコ行って、色んなもの食べて・・二人で笑おうよ」
「うん、それやったら、うち自信あるけね」

頬には涙のあとが光っていたが、ボクらはやっと笑うコトが出来た。






       臨時店員





「さ、うちは・・・また店に行っとくけ、アンタも、気分良うなったら下りといでな?」と恭子はニッコリ笑って店に下りて行った。

また一人になったボクは、大きく伸びをした。
頭はまだ少し痛くて、気分も完全には良くなってなかったが、気持ちは随分、楽になっていた。

「ふ〜、さて・・・」ボクも店に下りた。

店は昼時と言うこともあって、けっこう繁盛していた。
恭子は・・というと、おばちゃんから借りたんだろう、エプロンを着けて忙しそうに客の間を行き来していた。

おばちゃんがボクを見て、言った。
「あ、ノブちゃん・・おはようさん」
「お早うございます、昨夜はすいませんでした・・」

「はは、そんなコトはどうでもええわ、それより・・お風呂入ってき?」
「は?」

「多分、まだ温いで。ぬるめのお湯でも風邪はひかんやろ?」
「さっぱりしといで、な?!」