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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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そうや、それでこそ、キョウちゃんや・・おばちゃんはそんなボクらを優しい目で眺めてた。

それからボクら三人は、静かに飲んだ。

おばちゃんは頬杖をついて、昔を思い出しているかの様に微笑んで、言った。

「もう、ぼちぼち57や」
「色々あったけど、こうして思いだして、あんたらに話したりすると、そんな悪い人生でもなかった気はするな」

波乱万丈ですね・・とボクは言った。

「そうやね、蝶よ花よの・・お嬢と呼ばれた娘時代に、戦中戦後のしんどい時期、あの人が復員してからの駆け落ちやろ」
「住み込みの仲居も経験したし、女将も経験したわけやしな」

ま、うちの人が、あんまり早うに逝ってしまいよったんを除けば悪うないわ・・と笑って言った。

「その証拠に、こうしてあんたらとも仲良うなれたしな」

おばちゃんは立ち上がって、奥にお銚子を取りに行った。

ボクは、まだ泣きやまなかった恭子に言った。

「ほら、おばちゃんが心配するからさ、涙、拭きな?」
「・・うん」

恭子はバッグからタオル地のハンカチを取り出して涙を拭いて、ティッシュで鼻をかんだ。

結構、威勢のいい音が響いて、丁度お銚子を持って戻ったおばちゃんが笑った。

「キョウちゃん、あかんわ・・女の子なんやから、もっと可愛くかまな」
「えへ、ゴメンっちゃ」
泣きはらした目で、恭子はやっと笑った。

「で、あんたらは?どんな馴れ初めでお付き合い始めたんや?」

おばちゃんはボクにお酌しながら言った。

ボクは、少し迷ったが話した。
恋人が、突然死んで・・抜け殻みたいになってたところに、この子が現れて・・・と今までを全部。

その間、恭子は黙っていた。

「そうやったん、ノブちゃんも若いのに辛い目に会うたんやね。で、キョウちゃんが元気付けたわけか・・ええね、あんたら」

ノブちゃんは幸せもんやね、こんな可愛い子が支えてくれて・・な、キョウちゃん?!と恭子にお酌した。

恭子は、グイっと空けて笑いながら言った。

「最初はうちの片思いやったけ・・でもな、おばちゃん、この人、学校で見とった時は、いっちょも笑わんかったと!」
それが、ここんとこ、よう笑うっちゃ・・とボクを見た。

「それは・・」とボクが言いかけた時、おばちゃんが笑いながら言った。

ええか、ノブちゃん・・・女はな、好きな男のためやったら何でも出来るんやで?覚えときや・・?と。

「女ってな・・・」おばちゃんは続けた。
好きな男のためやったら大抵の事は我慢も出来るし頑張れるんやで・・とボクに言った。

「でも、ノブちゃん、まだ忘れてへんのやろ?」
「その人の事も・・」

ボクが答えられずにいると、恭子が言った。

「ええんよ、おばちゃん」
「うちな、それでも良かっち言うたと、この人に」
・・・そうやけ、いじめんで?と。

「あはは、ノブちゃんをいじめる積もりなんかないわ、私は」
「ただ、ノブちゃん、覚えときや?」

「キョウちゃんが、あんたのために頑張ってるってコトをな」
「あんた多分、キョウちゃんと離れたら・・・また笑えんようになるで?!」

ボクは、はい、そう思います・・・と言った。
「大事にします」

あはは、何や夫婦になる誓いみたいやな、今のセリフは・・とおばちゃんは嬉しそうにボクら二人にお酌してくれた。

「ま、固めの盃には早いかもしれんけど、二人とも仲良うにね?!」と乾杯した。

えへへ、照れるっちゃ・・と言いながら、恭子は盃を飲み干した。

ボクは、大事にします・・とは言ったものの、心の整理が未だにつかないでいる自分が歯がゆかった。
多分そんなボクを察したんだろう、恭子が言った。

「アンタは、無理に忘れようとせんでいいんやけね?」
「悲しいけど、大事な、素敵な思い出なんやけ・・」

逆にうちがその恵子さんの立場やったら・・・忘れられたら、寂しいっちゃ、きっと・・・と言って視線を落とした。

「・・・・」僕は、そんな恭子の言葉にうまく答えられなかった。

「ええな、あんたら・・見てて羨ましいわ、私には」とおばちゃんが言った。
「あ〜あ、私にも現れんかね、こう・・パリっとした、ええ男が」
「そしたら、すぐやで?私なんか」
まだまだ現役の積もりやねんけどな・・と笑った。

「そうっちゃ、おばちゃん美人やもん!おるっちゃなかと?言い寄る男の人・・」と恭子が言うと、おばちゃんは「それがな、アカンのや・・」
「おらんわけやないけど・・私な、実は、すっごい面食いやねん!」と爆笑した。

「うちの人を超える男前は、そうそうおらんね」と、おばちゃんはボクらに嬉しそうにのろけて盃を干した。


「さて・・・そろそろ、おばちゃんの昔語りも仕舞いや」
「あんたら、どないする?」

良かったら、このままうちの二階に泊っていくか?とおばちゃんは言ってくれた。

「ビジネスホテルのベッドもええけど、畳に布団もええもんやで?」

「え・・嬉しいけど、悪いちゃ。そこまでお世話になってしもたら」
「かまへんがな、それに夕べは汽車の中やったんやろ?」

畳の上で手足伸ばして寝たほうが、なんぼか楽やで・・・と。

「何かな、嬉しいんや、私は」
「あんたら見てたら・・そうやね、世話焼きばあさんになった気分やわ」と笑って言った。

「そんな、ばあさんやなんて・・まだまだ若いっちゃけ、おばちゃん」
「ありがとうな、キョウちゃん」

ノブちゃんは、どうや?泊っていくの、嫌か?と聞かれたボクは「いえ、おばさんさえ良かったら、お世話になります」と返事していた。

「でも・・」
「ん?なんや?」

「使ってない部屋なんでしょ?ボクらが使わせて貰ってもいいんですか?」

ええねん、いつも風は通してるし、週に二回はお布団もお日様に当ててるしな・・・掃除も欠かしたコトないんや・・・とおばちゃんは言った。

「もう、お客を泊める事も無いんやけど、何や性分なんやね」
久しぶりに若いお客さんが泊ってくれたら、部屋も嬉しいやろ?と。

「あ、お代の心配はいらんで?!」
「これは、おばちゃんからのお願いなんやからな」

「え〜、それは・・悪いっちゃ、お世話になりっぱなしじゃ」
「ええんよ、その分、あんたらと楽しく飲めたんやから」

おばちゃんはそう言うと立ち上がって、ボクらに一緒に二階に来る様に言った。





      畳の部屋




店から奥へ、台所の手前には小さな踊り場があって、左側には下駄箱も備え付けてあった。
ボクらは履き物を脱いで上がった。

そして、目の前の階段をおばちゃんに続いて上ると、上がりきったところから一直線に廊下が伸びていて、右側に障子の部屋が三部屋続いていた。
おばちゃんは、奥の部屋の障子を開いて「この部屋がええやろ・・どうや?」と言い、電気のスイッチを入れて部屋の中が明るくなった。

照明は蛍光灯ではなくて、丸い、和紙みたいなもので包まれた白熱灯だった。
柔らかな明かりだった。

「うわ・・オシャレな明かりやね、おばちゃん」
「うちの人な、蛍光灯が嫌いやってん・・冷たい感じがする、言うてな」
なかなか、ええやろ?とおばちゃんは得意そうな顔で微笑んだ。

その部屋は6畳で、右側には床の間と襖があった。