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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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どこに行かれたんですか、彼は・・とボクは口を挟んだ。

「遠くの親戚を頼ってな、大阪やった」
「それで、おばちゃん、どうしたと?」

「私は飛び出したんや、両親も博多も捨てて・・」

ひゃ〜、ロマンチックっちゃ、愛の逃避行やね・・と恭子は言ったが、おばちゃんはそんな恭子を見ながら、笑って言った。
「あほか、そんなロマンチックなもんやあらへんわ」
「着の身着のままで飛び出して大阪行きの汽車に飛び乗ってな、もう必死やったわ」

大阪の船場近くの、彼が世話になっていた料亭に着いた時は、汽車の煤で顔も襟もまっ黒けやった・・とおばちゃんは言った。

「そんな私を見てな、何て言うた思う?」
「う〜ん、もしかして・・困る?」

当たりや、鋭いな、ノブ君は・・とおばちゃんは酒を注いでくれた。

「でもな、困る・・言うてたけど、嬉しかったんやろね」
「それからは、私もその料亭の手伝いさしてもろてな、彼の住み込みの部屋に居候して、二人で暮らしだしたんや」

そらもう、朝から晩までよう働いたで・・とおばちゃんは言った。

「博多からは?」
「追っ手はかからんかったと?」と恭子が聞くと「かかったわ!」とおばちゃんは笑いながら言った。

「数日後には両親揃って出てきてな・・連れ戻しに」
「でも、私は頑として首を振り続けたんや、この人と一緒になる、もう博多には戻らへんって」

「彼もやっと、言うたんや、お嬢さんは必ず幸せにします・・どうか・・ってな。」最後には両親も折れて、何も言わずに帰って行った、とのことだった。

「へ〜、すごいっちゃ、駆け落ちやね、まさに」
「だって、考えてみ?いくら料亭のためとは言え、好きでもない男の嫁になるなんて私には出来ん相談やっちゅうねん!」

あはは、そうっちゃね・・と恭子は手酌でグイっと空けた。

「キョウちゃんかて、そうやと思うで?」
「我慢するには、私はわがままに育ち過ぎたんやろね!」とおばちゃんも笑いながら、盃を空けた。

え、そしたら・・私もワガママっちゅうコト?と恭子がおばちゃんに聞くと、おばちゃんは「そんなもん、ひと目見たら分かるがな、何言うてんの?!」

「え〜、そうかな、アンタは?うち、ワガママ?」
恭子のボクを見る目が、あの妖しい目だった。

ボクは、笑いながら「・・時々、または少々」と言った。
「でも、いやじゃないよ?」

いや〜ご馳走さん・・とおばちゃんは、そんなボクらを見て笑った。

恭子は言った。「ふ〜ん、なら、いいっちゃ・・それから?」

それからはな、二人で身を粉にして働いたで・・彼は板前、私は仲居。何年かしてからは帳場に回されて経理もやらせて貰ったと。

昭和30年に、やっと祝言を挙げたのだ・・とおばちゃんは嬉しそうに言った。
「私らの働きを認めてくれた料亭の女将さんが仲立ちしてくれてな、晴れて夫婦になったんや・・」
「お互いに30はとうに過ぎとったけどな!」と笑った。

それから暫くして、ここ、京都に出てきたんや・・とおばちゃんは言った。







      二人の店





昭和41年やった・・とおばちゃんは続けた。

「当時、高度経済成長の最中でな・・」
「みんな少し余裕の出てきた頃やったから、二人で小さくてもええから美味しい料理を出す民宿やろう・・って」

そして出てきたのが、ここやった・・と。

「この店な、上に三部屋あるんや、お客さんを泊める部屋が」
「それくらいやったら、二人で十分やろ・・って始めたんや」

「あたったで〜!その頃は京都も観光ブームでな、開店してから、そうやな・・半年位はボツボツやってんけど・・」
「暫くしたら、混みだしてな、一年先まで予約で一杯になったもんや」

ま、予約で一杯言うても部屋は三つしかないから、知れたもんやったけど・・それなりに忙しくて楽しかったで・・とおばちゃんは言った。

「あ、あれ、まだあるかいな・・」おばちゃんは一度奥にひっこんで、一枚のパンフレットを持ってきた。
「これや、うちのパンフレット」

民宿 山茶花 : 表紙には、山茶花の写真。
見開くと、料理自慢の小さなお宿・・と書いてあって、こ綺麗な部屋とおいしそうな懐石料理の写真が添えてあった。

「山茶花か、洒落とるね、おばちゃんの命名なん?」
「ううん、考えたのは、うちの人やわ・・好きやってん、この花が」

寒い中、綺麗に咲くんが好きや・・って言うてはったわ。

「あの・・いいですか?」
「なんや、ノブちゃん」

「ご主人は、今は?」

「死んだ。48歳やったわ、もう・・8年になるかいな」
「え、なんで?」恭子が聞いた。

「たまたまやってん、贔屓にしてくれたお客にお医者がおってな、半年振りに来てくれはった時に、うちの人と飲んでて、顔色が悪い・・言うてくれたんよ」
「・・一度、ちゃんと検査したほうがええ、言うて、その先生の病院で検査したんや」

「で、何て?」
「胃がんやったわ・・もう、膵臓まで巻き込んでてな」

うちの人を次の検査や、言うて外に出して、私一人が呼ばれてな・・・はっきりとした病名と予後を知らされたのだ・・とおばちゃんは言った。

「・・一瞬、ほんまに目の前が真っ暗になってな」
「でも、本人には知らせんでおいた方がええ、言われて」

メマイいうの?私は椅子に座っとったんやけど、もう周りがグラグラしてきてな・・気が付いたらベッドの上で点滴しとった・・とおばちゃんは笑いながら盃を重ねた。

「そんでな、ベッドの横で心配そうにうちの人が言うねん、大丈夫か?ってな」
「そんなん、あんたの方が・・って言いたかってんけど、言われんやろ?もう、ワンワン泣いてしもうてな」

「それからは、胃潰瘍の薬や言うて、先生が毎日、モルヒネを注射しに来てくれたんや」

結局、最後まで胃潰瘍の治り難いヤツ言うて誤魔化して、うちの人は台所で倒れるまで、包丁握ってたわ・・おばちゃんは言った。


「・・・・」恭子は流れる涙もそのままにして、聞いた。
「最期は?」

「うん、倒れて、その先生の病院に運ばれて、大丈夫やからね?って声かけたけど、薄々は知ってたんやろね、自分の体のこと」
「今まで有難う・・って言うてな・・」

「静かな最期やったわ、痛いやろ・・言うて先生がモルヒネ打ってくれてな、微笑みながら逝ったわ、うちの人」
「おばちゃ〜ん・・」恭子は手で顔を覆って泣き崩れた。
ボクも途中から涙が止まらず、何も言えなかった。

それからはな、もうお客を泊めるのは止めて、食堂にしてな・・今に至るんや・・とても、うちの人の料理の真似は出来んしね・・とおばちゃんは言った。

「でもな、二人で働いてこさえた店やからね・・閉めとうないやんか」
「で、おばちゃんのうどんとおばんざいで、細々とやっとるんや」

ボクは、相変わらず何も言えずに、涙を手で拭っていた。

「ごめんな、あんたらを泣かすつもりは無かってんけど」
「おばちゃんも久しぶりに昔の話して、聞いてもろて嬉しかったで?」

そやから、キョウちゃんもノブちゃんも、もう泣かんで?
ほら、飲もう?と、ボクらにお酌してくれた。

「そんな・・そんな・・」恭子はすすり上げながらも、盃を空けた。