ノブ ・・第1部
そりゃそうだろう・・ミニにノーブラなんだから。
「きっと、これも修行の一環・・とでも思ってるっちゃろ、お坊さんなんやけね!」
「でも、年寄りの坊さんだったらお説教されてたかもよ?」
その時は、その時っちゃ・・恭子は屈託なく笑って本堂の框でサンダルを脱いだ。
「入ってみらん?」
「うん、いいけど、何か気おくれしない?」
「でも、中の方が涼しそうっちゃ・・」
恭子は本堂を覗きながら言った。
「ほれ、行こう」
ボクらは薄暗い本堂に入った。
中は広かった、驚くほどに。
前の方には大勢の人が静かに正座して、お坊さんの良く通る声を聞いていた。
「こっち・・・」
恭子は屈みながら小声で、手招きした。
ボクらは入口を入って右奥の隅に行き座った。
「ほんと、涼しいね」
「やろ?それに、お線香の香りがいいっちゃ・・・京都っぽくて」
有難いお話は、さすがにここまでは詳しく内容が分かるほどに聞こえてこなかったが、それでも襟を正さずにはいられない空気は伝わってきた。
「何か凄いね、ここ」
「うん、本当のお寺やね」
じゃ、うその寺って、どんなんだよ・・と突っ込みを入れたかったが、恭子の真面目な横顔を見たらそんな戯言も言える雰囲気ではなかった。
ボクらは正座しながら、暫く本堂の片隅で大人しく荘厳な雰囲気に身を浸していた。
次第に汗も引いて、何となく自分自身も落ち着いた気分になってきた頃、突然、恭子が言った。
「いかん・・」
「ん?どうしたの?」
「あ、足・・・痺れたっちゃ」
恭子は正座を崩して、俗に言う女座りの格好になった。
「あ〜、たまらん」
「どっちが?」
右足・・と恭子はしかめっ面で固まっていた。
ボクはその右足を突いてやろうかな・・と一瞬考えたが、流石にお堂の中ではそんな事は出来なかったから、止めた。
「あ〜、ジンジンする・・こんなに痺れたんは、久しぶりっちゃ」
「大丈夫?」
ボクは笑いを堪えながら、聞いた。
「アンタ、人の不幸が面白いと?」
と、恨みがましい目でボクを見たから、おかしくてつい右足を突いてしまった。
「いや〜!止めんね!」
恭子が出し抜けに大声を出したもんだから・・・何人かの目が、ボクらに集まった。
中には「し〜」と人差し指を唇にあてる人もいた。
ボクは「・・・済みません」と小さく頭を下げて、恭子の手を引いてお堂の外に出た。
恭子は右足を引きずりながら外に出ると「もう、何てコトすると?!お陰で怒られてしもたやないの!」と、ピカピカに磨き上げられた外の廊下に座り込んでボクをなじった。
「あはは、ゴメンごめん。だって、恭子の顔がおかしかったからさ、つい」
「もう!つい・・・じゃなかろ〜?!」
全く人の不幸を何だと思っとると?と右足を摩りながら呟いた。
「恭子?」
「なんね?!」
「パンツ、見えてるよ!」
え?と恭子は慌てて足を閉じた。
「あはは、ウソ〜!」
「ほんとにアンタって人が悪かね・・」
ボクは笑った。
足が痺れた時の困った恭子の顔も可愛かったが、ほっぺたを膨らませてボクに文句を言って来た恭子も可愛かったからね。
「なんが、おかしいと?」
「うん?恭子って、百面相なんだな・・と思ってさ」
「うち、そんな変な顔しちょった?」
ううん、それだけ可愛いってことさ・・・とボクは恭子を立たせて言った。
「さて、涼しいうちに、次に行こうよ?!」
うん、よっこいしょ・・と恭子は掛け声付きで立ちあがった。
ボクは框でスニーカーを履き、恭子はサンダルをつっかけた。
門を目指して境内を横切りながら、ボクらは相談した。
「さて、次はどこ行く?」
「う〜ん、ここは東本願寺やけ、次は西本願寺っちゃ!」
「なるほどね・・ケンカ別れした本願寺の両方に行くんだな」
え、ケンカ別れなん?と恭子が聞いた。
「あれ、知らなかった?」
「うん、うち初めて聞いたっちゃ・・なして?」
ボクは歩きながら、浄土真宗という教団の成り立ちから話し始めた。
そして、戦国時代の信長との戦い、戦国末期に徳川方についた東の大谷派、つまり今の東本願寺と、豊臣方の浄土真宗本願寺派、つまり今の西本願寺の分裂について知ってる事を話した。
丁度、東本願寺の北の角を西に曲がってあと少し行けば西本願寺が見えてくる辺りだった。
恭子は立ち止まって言った。
「何で?」
「ん?」
「なんで、何でそんなに良う知っとるん?お寺のコト・・京都、久しぶりっちゃろ?」
「あ〜、本願寺についてか?」
「これ位は、文系の学生で日本史選択したヤツならみんな知ってるよ」
「戦国時代の前には、浄土真宗同士の戦いなんかもあったからね、金沢の門徒と大阪の石山本願寺の門徒の間でさ」
「へ〜、そうなん・・」
「うん、試験にも良く出るから」
そっか・・・アンタは文系やったんやけね、流石や・・と恭子はボクをまっすぐに見て、そして言った。
「ね、アンタをうちの京都ガイドに任命するけ、これからも教えてくれん?」
「あんたの知っとる色んなコト、うちも知りたいし、アンタと一緒に語れるようになりたいけ・・・ね?!」
うん、いいよ・・・ボクも微笑んで恭子の手を引いて、ボクらは西本願寺を目指した。
程なくして西本願寺が見えてきた。
「いや〜、大きいっちゃんね・・・西さんも」
「そうだね・・・こっちも大きいな」
ボクは西も東も本願寺は初めてだったから、正直どちらかが隆盛で片方が劣勢なのかな・・と思っていたが、とんでも無かった。
こちらも負けずに大きくて、ボクの目には東よりも一層豪華に見えた。
「やっぱり、豊臣・・だからかな」ボクが言うと恭子が聞いてきた。
「何で?豊臣の方が徳川より豪華なん?」
ボクは豊臣全盛時の話しをしながら、小さな川を渡って西本願寺の門を潜った。
門をくぐると、少し行った所に見事な大銀杏が緑の葉をみっしりと茂らせて立っていた。
「いや〜大きか銀杏やね・・凄いっちゃ」
「・・うん、凄い。何か圧倒されるね」
ボクらは大銀杏を眺めながら、右手にあった休憩所の日陰に入った。
流石に暑かったから、少しここで休むことにした。
「ふ〜、暑いね」
「うん、でも日陰は涼しいっちゃんね、風がいい気持ちやわ」
ボクは話しを続けた。
「当時の京にはね、聚楽第って言う豊臣の屋敷があってさ、もう凄かったらしいよ、豪華絢爛で・・・」
「ふ〜ん、そうなんか。で残っとらんと?その聚楽第は」
「うん、みんな壊しちゃったな、後になって秀吉本人が・・」
「秀吉の次に関白になった秀次をさ、秀頼が生まれて邪魔になったから・・って言われてるけどね」
恭子はふんふんと頷きながら聞いていた。
「秀次を高野山に追放して自害させて、そのあと秀次の住んでた聚楽第は徹底的に壊したって話だよ」
「でも建物の一部は他の寺院とか屋敷に移築されてるって話だけど、ごめん・・詳しい事は知らないな」
「見てみたいっちゃ、その残った建物・・どれだけ豪華やったんやろね?」
「多分、調べたら分かるんじゃないかな、どこに残ってるか位はね」
ボクらはまた、広い境内の向こうにそびえる建物に目をやった。