ノブ ・・第1部
ま、寝過しても新大阪、最悪でも終点が大阪だから、いいか・・ボクも電気を消して横になった。
ボクが眠りに落ちたのも、それからあっと言う間だったのだろう。
翌朝、京都まであと10分というところで恭子に起こされるまで、熟睡してしまって何も覚えていなかったのだから。
「・・・ほら、早う起きんね!もうすぐ着くけん!」
「ん〜、あ、おはよ」
お早うやないっちゃ、着替えで顔洗ってき?!と恭子はすっかり身支度を済ませてボクの毛布をはぐった。
目ぼけまなこを開けると、列車の中も窓の外も、もうすっかり朝だった。
古都の朝
銀河は、定刻の6時43分に京都駅に到着した。
慌ただしく着替えて洗面を済ませたボクは、恭子に続いて二人分の荷物を持ってホームに降り立った。
朝のホームは、銀河から下車した乗客を除けば、まだ人影はまばらだった。
ボクらは改札を抜けて構内の広場に出た。
それから一度、駅の外にでて、真正面に京都タワーを眺めた。
タワーは、もう青い完全な夏の空をバックにその真っ白な姿でスックと立っていた。
「来たね、京都」
「うん、来たっちゃ・・夏の京都の始まりやね」
しかし、バスターミナルにはエンジンを切ったバスが眠る様に数台停まっていただけで、まだ古都の一日は始まっていなかった。
ボクらは駅に戻り、構内の早朝営業中の喫茶店に入ることにした。
そこでモーニングセットのトーストとアイスコーヒーで腹ごしらえをして、店の入り口に置いてあった観光パンフレットを眺めた。
恭子がアイスコーヒーのストローから口を離して・・
「ね、まず・・・ここ、行かん?」
「え、広隆寺じゃないの?」
「だって、まだバス動いとらんとやろ?最初は歩いて行けるとこに行ってみらん?歩いてもまだ、涼しかろ」と恭子の提案だった。
「そうだね・・・じゃ、荷物はコインロッカーに預けて、手ぶらでならいいな」
「な〜ん、根性無しやね、あれ位で?!」
「あのね、重いのは恭子のボストンなんだよ?」
「全く、何が入ってるんだか・・・分かってる?」
「はい、済みませんです」と恭子は舌を出して笑った。
モーニングサービスを食べ終わったボクらは、喫茶店を出て右手奥のコインロッカーに荷物を預け、タクシー乗り場を通り抜けて駅を背にして歩きだした。
歩道に伸びるボクらの影はまだ十分に長かったが、それでも日差しはもう容赦なかった。
時間は7時半近かった。
京都駅を背にして、ボクらは烏丸通りを北に向かい東本願寺を目指した。
途中、左手の警察署の玄関には、紺色の上下を着たイカついお巡りさんが長い棒を持って立っていた。
「朝早うからご苦労さんやね」
「うん、でも暑そうだよ」
お巡りさんは長袖を着て、真正面を睨んだまま微動だにしなかった。
それに比べてボクは、いつもの通りのTシャツにジーパン。恭子もTシャツにミニスカートのお気楽スタイルだったから、仕事とは言え、ご苦労さん・・と思ってしまった。
通りを通る車は少なかったが、ぼちぼち商店などはシャッターを開けて店によっては打ち水をしていたから、そろそろ一日が始まるんだろう。
ボクらの頭の上ではスズメが盛んに鳴いていて、それを聞いた恭子は「京都のスズメもチュンチュンって鳴くっちゃんね」と夏の空を見上げた。
「へ?そりゃ、そうだろ」
「じゃ、九州のスズメは九州弁か?」
あはは、そうやね・・と恭子は笑った。
「でもさ、恭子・・・」
「ん、なんね?」
「お寺って、何時に開くのかな」
恭子は、ヒタと止まってボクを見て言った。
「そうっちゃ、何時なんやろね、門が開くのって・・」
「え、知らないの?」
「うん、知らん。うち京都は初めてやけ!」
「え〜〜?!だって、弥勒菩薩の話しなんか夢中になってしてたじゃん・・詳しいんじゃなかったの?」
「うん、詳しいことは、詳しいっちゃ」
「でも、机上の空論っちゅうか、書物の知識言うたらええのか・・全部、本の知識やけね!」
こりゃまた驚いた。
あんなに夢中になって話すもんだから、てっきり京都のエキスパートだと誤解してたんだな、ボクは。
それを恭子に言うと「うち、一度も言ってないけね?京都に来たことある、とは」
う〜ん、そう言えば、そうだったかも。
ボクの早合点みたいだった。
ま、仕方ない、京都初心者二人だけど、何とかなるだろう・・とボクは言って、東本願寺を目指してまた歩き出した。
本願寺
警察署を過ぎて少し歩くと、東本願寺の大きな伽藍が見えてきた。
「あれやね!」
「うん、でも・・・デカいね、流石に」
京都初心者二人は、お寺の高い塀沿いに門を目指して歩いた。
もう汗が噴き出てきた、夏なんだな、京都も。
暫く行くと門が見えた。
恭子は小走りにボクの先に行き「あ、開いてるっちゃ、門!」
と嬉しそうにボクを振り返って言った。
「本当だ・・やっぱお寺の朝は早いんだな」
ボクらは感心しながら、大きな門をくぐって境内に入った。
砂利の広い境内の向こうには大きな甍の本堂が見えた。
門を入って少し行くと、若いお坊さんが箒で境内を掃いているのが見えたので、ボクらは行って尋ねた。
「お早うございます・・」
「・・・お早うございます」
丁寧にお辞儀を返されて、ボクは恐縮してしまった。
「あ、どうも・・あの」
「はい、何でしょうか?」
「ここは、開門は何時なんですか?」
「御門は毎朝6時半に開きます」
「御本堂は7時に開きまして、7時半からの御法要が、今・・・」と本堂に目をやった。
「じゃ、今は、観光客は入れないんですね?」
「いえいえ、どなたでもご自由に入って頂いて結構ですよ」
「法要の邪魔には、ならないんですか?」
「はい、是非お入りになって、ご一緒にお聞き下さい」
「ご丁寧に有難うございます、では」
と行きかけると、「あ、あの・・」お坊さんがボクらを呼びとめて言った。
「お嬢さんのお召し物が・・・」
「え、マズいですか?」
「・・いえ、こういった所では、その・・・ミニスカートはいかがかと思いますので・・」
「お寺によっては厳しい所もございますから、ご注意を受けてもお気を悪くなさいませんように」
すみません、気付きませんでした・・・二人とも、京都は初めてなもので・・と恭子は神妙な顔で言い訳をした。
全く、ボクまで勝手に初京都にしちゃって。
「では・・・」とお坊さんは掃除に戻った。
「失敗したっちゃ・・知らんかったもん、ミニがいかんって」
「うん、オレも知らなかった」
「おまけに、うちノーブラやけね、上も下もブーやね!」
そう言ってる割には懲りてない顔だったから、ボクも笑うしかなかった。
ボクらは、広い境内を本堂目指して横切って歩いた。
途中、恭子は振り返って言った。
「大丈夫やろ、あのお坊さん、もうコッチ見とらんけんね」
「うん、でも・・・気の毒だったかもな」
「なんがね?」
「恭子の服だよ。視線逸らせて喋ってただろ、あのお坊さん・・」
あはは、刺激強かったっちゃろか!とのんきそうに恭子は笑った。