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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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「いいけど、授業は集中するよ、オレ」
「あ、何もうち、邪魔する積もりやないけね?!ただ、一人じゃ寂しかろうって思うて。寂しうないん?一人で」

う〜ん、面と向かってそう聞かれたら何て答えたらいいんだろ?
寂しいって言ったら彼女は満足するのか、寂しくなんかないよって本当のコトを言ったら・・・大人しくなるのかな。

「おはよ、恭子。なに〜?オガワ君と仲良しじゃん、随分」
「あ、ユミ、お早う!うちね、昨日オガワ君と偶然会うて、一緒に晩御飯食べたんよ!」
「え、そうなの?オガワ君」

友達はユミというのか。
「うん、偶然、ジローの前でバッタリ、それで」
「へ〜〜、そうなんだ・・・やるじゃん、恭子!昨日は声かけるだけで、しどろもどろだったくせにさ」
「違うったい!偶然会うたけ、一緒に入ってくれんね?ってオガワ君にうちから頼んだと!」
「・・なに?恭子、今なんて言ったの?!」

どうやら、ユミさんもヨシカワさんの九州弁を聞くのは初めてだったらしい。
「うちのクニの言葉っちゃ。北九州弁!昨日な、うちがオガワ君に頼んだとよ。九州弁話せるようになって、うちの欲求不満を解消して欲しい・・・って」
「へェ〜、九州弁ね。初めて聞いたわ、恭子がそんな言葉話すの。で、何?欲求不満って」

だから、入学して方言が恥ずかしくて、ずっと喋っていなかったから欲求不満だったんだ、とヨシカワさんがユミさんに説明した、機関銃の様に。
二人の会話が漫才みたいで、思わず笑ってしまった。

「方言が恥ずかしくて・・・」か。
どこかで聞いたな、そのセリフ。
ボクは二人の遣り取りを聞きながら、一瞬、懐かしい人を思い出していた。

「ね、オガワ君、うちの九州弁講座に入るんよね?!」
「え?あ、うん。教えて貰うことにしたよ」
「そうなんだ、面白そうね。私も混ぜてくれる?」
「良かよ〜、ユミも話してくれたら、うち嬉しか!」

でもさ、オガワ君って、ネクラじゃなかったんだね・・とユミさんが言った。
「ちゃんと話せるんじゃない、人と。寡黙な難しい人だと思ってた」
「そんなコトないっちゃ、昨日もうちに付き合うて、自分はご飯食べ終わっとったのに付き合ってくれたとばい。ネクラじゃなか!」

「あはは、いいよ、別にオレは。人にどう思われるかって、あんまり気にしない性質だからさ」
「でも、日本語は話せるから、多分、九州弁も大丈夫でしょ?!」
「あはは、オガワ君って面白い人なんだね。誤解してたみたい、ゴメンなさい」とユミさんが言って、三人で授業が始まる教室に入った。

今日の課題は、ハックスリーの小説の翻訳だったから、授業の半分は自習みたいなもんだった。

「・・・ね、オガワ君」
ヨシカワさんが隣から小さな声で話しかけてきた。
「どこまで訳したと?」
「うん、ここまでだけど・・」
ボクは教科書を見せた。

「うわ、凄かね〜、もう、そんなとこまで・・ひょっとして、英語好きなん?」
ヨシカワさんが素っ頓狂な大声を上げた。
「コホン、授業中なので、もう少しお静かに願います」ほら、教授に窘められちゃった。

「ゴメンちゃ」
ヨシカワさんは、ペロっと舌を出して笑った。
可愛い人だな、と思った。
それからは、小さな声で話しかけてくるヨシカワさんにボクは和訳したセンテンスを教えてあげた。

「では、どなたかに訳して貰いましょう」
「え〜、ではワタナベさん?お願いします」

指名されて立ちあがったのは、前に座っていたユミさんだった。
「あの〜、先生」
「ん?なんですか?」
「私の訳より、オガワ君の訳のほうが正確だと思うんですが」
ユミさん、聞いてたんだ、ボクらの遣り取りを。

「私は正確な訳を期待してる訳じゃありませんよ、ワタナベさん」
「アナタの訳を聞きたいのです」

「あ、はい、では・・」

ユミさんは頑張った。なかなかだったが、いかんせん短かった。
「ここまで・・・です」ユミさんは下を向いた。

うん、よろしい。では引き続きご指名のあったオガワ君ですか?後をよろしく、と教授が言った。

全く、とんだトバッチリだ!でも仕方ない。ボクは立ちあがった。
「彼の心の中には・・・」ボクユミさんに続いて、訳した個所を終わりまで読み上げた。

「結構、なかなかヨロシイ訳でしたね。お座り下さい」

「おお〜、もうそんなに行ってたんだ、アイツ・・」同級生の間に小さなどよめきが起こった。
あいつ、英語スゲ〜じゃん・・・みたいな。

「ふ〜」
「凄かね、オガワ君。みんな見直したんやない?」
「え?どうでもいいよ、オレ」
元々、目立ちたがり屋じゃないし、オレがおれがってタイプでもないし。


英語の授業の後、三人で学生控室に行った。

ユミさんがボクの前に座って、言った。
「凄いんだね、オガワ君、英語!」
「いや、他の科目よりは勉強した時間が長かったってだけだよ」
「え、好きだったからじゃ、なくて?」

「うん、元々オレ、文系志望だったからさ、文系って英語勝負みたいなとこあるからね」
「そうなんだ、私・・語学は苦手だな」

「うちも好かんちゃ、外国語は」自販機のコーヒーカップを両手に持って来て、ヨシカワさんが言った。

「はいこれ、おごり!訳教えてくれたけね!」
「あ、いいの?有難う」

コーヒーは、ミルク砂糖入りだった。
一口飲んで甘さにビックリした。最近はブラックばっかりだったから。

「コーヒー、好かんやった?どんなんが好きなんか、分からんかったけ・・」
「ううん、大丈夫。有難くいただくよ」

「ふ〜ん・・何かさ、お二人さん、急接近じゃないの?」
ボクらの遣り取りを眺めていたユミさんが、冷やかした。

「なんば言いよっと?違うっちゃ!これは・・・お礼たい、昨日と今日の」
ヨシカワさんは傍目に見ても分かる位、真っ赤っかになって必死に否定した。

「じゃ、オレはこれで。次は宗教だから行くね」
「あ、有難うね、気ぃ悪うせんでね?ユミの言ったこと・・」

ボクは早々に席を立った。
何となく、ヨシカワさんが好意を示してきてることが分かってきたから。
ボクの心の中には恵子の存在が大きかったし、他の人とどうこうなんて気には、なれるはずもなかった。

一度、校舎の外に出てボクは深呼吸した。
宗教の授業は嫌いじゃなかったけど、何となく一人になりたかった。

「少し、歩くか」
「コーヒー飲みに行こう」



      レモン



教科書とノートの入ったバッグを抱えたまま、ボクは橋を渡って駅前の交差点を右に折れた。
少し行くと、最近お気に入りの喫茶店、レモンだ

「いらっしゃいませ」
大きなガラスの扉を開けると、結構混んでいた。
「カウンターでいい?」ウエイトレスが聞いてきた。
最近、良く顔を出していたせいで殆ど顔みしりになっていたから、友達言葉で気さくに。

ボクがカウンターに腰掛けると「いつもの・・マンデリン?」とウエイトレスが聞いてきた。
「うん」

「マスター、マンデリンお願いします!」

「この時間って、混んでるんだね」
「ううん、違うの」
近所の美術系の専門学校の学生さんが一度に大勢来たから、との事だった。道理で皆さん、何か垢ぬけててカッコ良かった。

「何かのゼミみたいね」