ノブ ・・第1部
「でも、いいなアンタ達・・」ユミさんはボクらを交互に眺めて言った。
「オガワっちと恭子、お似合いだよ、なんかね」
「ふふふ、ユミと川村君だって、いい雰囲気やない?」
「この間は、膝枕で仲良さそうだったしね」とボクも言った。
「あの後だったのよ」
「迫ってきたん?」
うん、暫くして起きだしてからね・・とユミさん。
「あの二人、これからどうなるんだろう・・・」
「な〜んて話しをしてた時よ」
「あの時は、私まだ心の準備が・・なんて言ってさ、ゴメン!って追い出しちゃったんだよね、アイツを」
「キツイっちゃんね〜ユミも・・・でも心の準備って、花嫁さんかアンタは!」恭子はケラケラと笑った。
「だって、ビックリしたんだもん、いきなりだったからさ」
「次の朝には、合宿に行っちゃったみたいだから、アイツ・・どう思ったんだろう」
ユミさんが心配そうな顔をしたのと裏腹に、恭子は嬉しそうだった。
「逆にいいチャンスやないと?」
「あの時はゴメン、私も考えたんだけど・・な〜んて言って、話したらいいっちゃ」
そうなの?とユミさんは顔を上げた。
「そうやないと?」
「多分、川村はショックと不安を引きずったまま、合宿に行ったっちゃろ?」
あ〜あ、とうとう呼び捨てになっちゃった。
「ユミに嫌われてしもたんやないかってな」
それが帰って来て、ユミから声かけられたら、嬉しいに決まってるっちゃ・・・恭子の言い方には説得力があった。
「そっか・・・そうだよね、そうしようかな」
「うん、それがいいっちゃ。川村もきっと待っとるけんね」
うん、ユミさんは明るく言った。
「私、明後日、アイツが帰ってきたらご飯でも誘ってみるよ」
そうやね、そしてそのまま雪崩れこむっちゃ!と恭子は悪戯っぽく、笑いながらユミさんの肩を押した。
「もう・・恭子、あんた楽しんでない?私達の事」
「当たり前っちゃ!友達の悩みが解決しそうなんやもん、嬉しくないわけないやろ?」
そうなの〜?ほんとに?とユミさんも笑った。
ま、いいや・・有難う、お二人さん、と笑顔でユミさんは言った。
「そうっちゃ、ユミも難しく考えんで飛び込んで行けばいいっちゃ、川村の胸に!」
「うん、そうしてみるよ」
さて・・お邪魔でしょうから、私はそろそろ、お暇しましょうかね・・とユミさんが帰ろうとした時、恭子は言った。
「ユミはいつ帰ると?実家に」
「うん、私は今月中はいる積もり」
「追試も、二個あるからね」とバツが悪そうに笑った。
「恭子は?アンタこそいつ帰るのよ?」
「う〜ん、うち、まだ決めとらんけ・・」
とボクを見た。
「この人次第やね」
「え?なんで?」
鈍いね、オガワっち・・とユミさんもボクを見た。
「恭子はね、オガワっちに合わせたいんだよ、夏休みをさ・・ね?そうでしょ?恭子」
「うちな、もっと二人でどこか行きたいっちゃ・・」
恭子が、今度は覗きこむような目でボクを見た。
「そう・・だね、行こうか」とボクもお愛想笑いをしたが、正直、今の今まで何も考えてなかったから、ちょっとドギマギしてしまった。
「うち、京都に行きたい」
「京都か、修学旅行以来だよ、オレ」
うちは・・と恭子が言いかけた時、ユミさんが言った。
「ハイハイ、あとはお二人さんで仲良く旅行の計画立ててね?!」
じゃ、私は、これで・・・と。
「あ、ユミ、報告するっちゃ、明後日ね!」
「バカ・・知らない、じゃ〜ね!」とユミさんは笑いながら部屋を出て行った。
「うまくいくといいね、彼ら」
「大丈夫っちゃ、ユミ、可愛いけね」
うん、そうだね・・とボクは一服した。
「な、アンタ・・ほんとに行けると?旅行」
「うん、いいよ。さっきはいきなりでビックリしたけど」
嬉しい〜!と恭子は抱きついてきた。
そして、ボクの耳元で囁いた。
「うちな、アンタと二人で歩きたいっちゃ。京都の色んなとこ」
「いいけどオレ、あんまり詳しくないよ?京都は」
いいっちゃ、うちが連れて行っちゃるけん・・と恭子は、ボクの顔を抱え込んでキスしてきた。
京都旅行
思い立ったが吉日っちゅうやろ?と恭子はボクに、家に一回帰って荷物をまとめて来る様に言った。
「え?いつ・・行く積もり?」
「今夜」
こんや〜?驚いてボクは聞いた。
「そ、今夜、出るけんね!」
「今夜って、何で行くの?京都まで」
「夜行寝台列車っちゃ」
「寝台車?あの、三段ベッドの?」
「そう、楽しいやろ?」
恭子は嬉しそうに、寝室の隣の部屋に入って準備を始めた。
「ほら、アンタも、自分の荷物まとめてき?」
「う、うん、分かった。じゃ後でね」
早うするっちゃ・・と恭子の声に背中を押されて、ボクはマンションを後にした。
街は夕方になっていた。
ボクは久々に自分のマンションに帰った気分だった。
あのお誕生会からこっち、ずっと恭子と一緒だったし、一人になったのも久しぶりだった。
ボクの部屋はまるでサウナみたいだった。
いつもみたく窓を開けて・・とも思ったが、ここでゆっくりする訳にもいかなかったから、手早く着替えをディパックに詰め込んで部屋を出た。
「今夜から京都って・・全く、恭子は」
不思議に腹は立たなかった。
思いつきで言ったのだろうが、彼女が言うとなぜか許せてしまう。
恭子のマンションに着いて、チャイムを鳴らした。
「・・開いてるっちゃ〜!」
ドアを開けると、恭子は玄関でサンダルを履こうとしていた。
「もう、遅いっちゃ!」
「ゴメン・・」
さ、行こう!と恭子はボクを外に出し自分も出て鍵をかけた。
「まずは、東京駅に行くけね!」
見れば、大きなボストンを下げている。
「ね、何泊する積もり?」
「決めてないっちゃ」
決めてないって、オレ、せいぜい1〜2泊の積もりだったんだけど・・と言うと、いいけん、とにかく行こう!と恭子は言った。
「行き当たりばったりの旅行も、楽しかろ?!」
とニコニコ顔で言った。
そんな顔で言われたら何にも言えなくなっっちゃうじゃんよ、得だな、恭子は・・・とボクは笑いながら恭子の後について行った。
外はやっと暗くなってきたが、まだまだ蒸し暑かった。
「はい、コレ、持っちゃり?!」
「重いけね、けっこう」
はいはい・・ボクは恭子のボストンを持った。
確かに、結構重かったから、明大前の坂で早くも汗が噴き出てきた。
「なに、入れてきたの?こんなに・・」
「あはは、女の子は色々と荷物が多いけね!頑張り?」
「ほら、うち生理やろ?可哀そかろ?!」
仕方ない、頑張りましょ・・・男だからね。
御茶ノ水から中央線で東京駅に着いたボクらは、一度改札を出て京都までの切符を買うことにした。
「で、何時発なの、その列車は」
「知らん」
「え、恭子、知らないの?知らなくて・・言ったの?」
「うん、知らんけ。でも、テレビでやってたと、ロマンチックな列車があるっち」
は〜、全く大したもんだ、この子は。
仕方ない、ボクらはみどりの窓口に行って切符を買うことにした。
「済みません、京都に行きたいんですが、夜行寝台車ってありますか?」