ノブ ・・第1部
「先に出ててな?!」
恭子に言われたボクは、一足先に風呂を出て頭と体を拭いた。
バスタオルを腰に巻いたまま、ボクは初めて入る恭子の部屋のダイニングキッチンの椅子に腰かけた。
軽いメマイを感じてたボクは「ふ〜・・」と背もたれにもたれて、一息ついた。
遅れて恭子もバスタオルを巻いた姿で出てきた。
「あっついね」
そう言いながら恭子は冷蔵庫を開けてボクに聞いた。
「何か、飲まん?」
「うん、水・・・くれる?」
恭子は洒落た小さなビンを出してきた。
「これにしようか」
ペリエというミネラルウォーターだった。
贅沢だな、オレなんかいつも水道の水なのに・・とブツブツ笑いながら飲んだ。
冷えたペリエは美味しかった。
「へ〜、うまいね、コレ」
「いつもこんなの飲んでるの?」
「違うんよ、静物画を描くのに使ったヤツなんよ」
「うちだって、水道の水やけね、普段は!」
と、恭子は笑いながらボクからビンを取り上げて飲んだ。
「ふ〜、うん、美味しいっちゃ」
ボクはメマイの事を恭子に言った。
恭子も「うちも。フラフラしとるもん、今も」
「アンタは、泳いで飲んで、エッチして・・・」
「うちは、それプラス生理やもんね、お互いフラフラして当たり前たい!」
ほんとだ、ボクらは笑った。
「あ、煙草、吸いたかったらよかよ?吸って」
「でも、恭子、吸わないんだろ?」
えへ、ほんと言うとな・・・と恭子は、灰皿を出してきた。
「うちも時々、吸うっちゃ」
「アンタほどやなかけど、苛々した時なんか・・ね」
絵が進まない時とか、勉強に煮詰まった時に吸うんだと言った。
「あ、ユミには内緒にしてな?!あの子は知らんとやけ」
「分かった、でもなんで内緒なの?いいじゃん、別に」
「あの子、前に言いよったと」
「女の煙草は、よっぽどカッコイイ女じゃなきゃ似合わないから嫌いって」
あはは、ユミさんらしいな、そのセリフ・・とボクは笑った。
確かに、可愛い雰囲気の恭子には、ユミさんだったら似合わないって言うかもな。
「そやろ?やから言い出せんのよ」
しょんぼりした恭子が可愛らしくて、ボクは言った。
「いいよ、恭子が吸いたいんなら吸えば。オレ、嫌いじゃないよ、煙草吸う女の人」
「・・・その人も、吸うたと?」
恭子は小さな声で聞いた。
「ううん、吸わなかったよ」
「でも、うちのお袋、薬剤師だけど吸うからね。親父と一緒にさ」
だから、女の煙草は気にならないんだ、と言った。
なんや、そうやったん・・と恭子は安堵した様だった。
「うち、いかんね」
「アンタの女の人に関する話し・・・全部、その人の事に思えてしもて・・ゴメン」
そうなんだろうな、ボクは黙って恭子の頭を抱いた。
「気にするなって言っても無理なんだろうけどさ、オレ、比べた事も比べる積もりも無いからね」
「恭子は、恭子・・・大好きだから」
ありがと・・と恭子は頷いた。
「うちも一服しても、良か?」
勿論、とボクはセブンスターを勧めた。
「いや、それ、キツかろ?」
「・・・うちは、コレっちゃ」
恭子は台所の隅から、セーラムのメンソールを持ってきた。
「これな、サッパリするんよ、軽いし」
「メンソールか・・・男はダメなんだよな、ソレ系は」
え、なして?と聞く恭子に、男はメンソールばっかり吸ってるとインポになるという噂を聞かせた。
「そりゃいかんっちゃ、アンタは絶対にダメやけね、コレは!」
「あはは、噂だよ、ウワサ。多分、ウソだろうけどね」
あんまり恭子が必死に言うもんだから・・・つい爆笑してしまった。
やっぱり、この子はオレを明るくしてくれる子なんだな。
しみじみ恭子の顔を見つめてしまった。
「ゴメン、うちアンタが・・それになったら、悲しいけ、つい・・」
「うん、大丈夫。恭子がいてくれたらオレはいつでも元気さ!」
「ほんと?うちで、いいと?満足しとる?」
うん、最高だよ、恭子は・・とボクは恭子にキスをした。
少し煙草臭いキスも、悪くはなかった。
恭子のベッド
恭子の寝室は、半分以上大きなベッドで占領されていた。
「すごいね、ホテルみたいだ」
「えへへ、うちな、ベッドだけは贅沢させてくれっっち、頼んだと!」
確かにデカイ!
聞けば、ダブルより大きなキングサイズ・・というのだそうだ。
「へ〜、これなら、4人位で雑魚寝できるね!」
「うん、その位なら・・・って、そんな訳ないやんか!」とボクらは思わず想像して笑い転げた。
大の大人が4人そろって同じベッドで寝てる・・・やっぱ、変な光景だな。
おまけに枕が面白かった。ズドーンと長いのが一本、ベッドの幅いっぱいに置いてあった。
「うちな、寝像あんまり良くないけ、これなら枕から離れることはないやろ、思うたと」
「でも、ダメやった。いつも気付いたら、ベッドの下の方で丸まっとるんよ・・・意味無かったっちゃ」
あはは、デカイベッドに無意味な長枕か・・面白い子だな、ほんとに。
さ、寝よねよ・・と恭子に即されて、ボクはブランケットに潜り込んだ。
寝室はボクの部屋とは違って程よくエアコンの除湿が効いてたから、快適な眠りは約束されたも同然だった。
ボクが入った後に恭子も潜り込んできた。
「入れてな、またアンタの脇に」
「どうぞ、お入り下さいな」
何の事は無い、結局広いベッドなのにこんなにくっついていたんでは、昨日のうちの寝台と同じではないか。
それを恭子に言うと「いいやん、くっついていたいんやけ・・・ね?!」
と抱きついてきた。
「うん」
それからのボクらは、アっと言う間に眠りにおちた。
翌朝、ボクはトイレに行きたくて恭子より早く目が覚めた。
結構飲んだから、喉もカラカラだった。
恭子はと言うと、はるかかなたのベッドの隅で猫みたいに丸まっていた。
「ほんとだ、言ってた通りだな」
ボクはあくびを噛み殺しながらトイレに立った。
トイレを済ませて、台所で水を一杯飲んだ。
そして眠気はもう無くなっていたから、歯を磨いて顔を洗った。
焼けたせいで、顔はまだヒリヒリした。
「うん?もう、起きたと?」
ベッドから半分起き上がって、恭子が声をかけてきた。
「うん、今さっき、トイレに起きた」
「今、何時なん?」
えーと「うわ、恭子、大変!」
「なんしたん?」
「もうお昼の12時だよ?!」
ふ〜ん、良く寝たっちゃんね・・・と恭子は頭をボリボリ掻きながら起きだしてきた。
「おはよ、アンタ、早かね」
早くないでしょ、もうお昼なんだから。
いいっちゃ、夏休みなんやけね・・と恭子は落ち着いて洗顔を始めた。
洗顔を終えた恭子はボクに聞いた。
「朝ごはん、どうする?」
「恭子は?」
「うん、ちょっと待ってて、作るけね・・」
そう言って、恭子はトイレに行った。
ボクはダイニングの椅子に座って、一服して改めて恭子の部屋を見渡した。
ダイニングに寝室、その隣にはもう一つのドアがあった。
2DKってヤツか?
恭子がトイレから出て来て言った。
「ふ〜、あんな・・・朝ごはんっちゅうか、昼ごはん?」
「外に行かん?」