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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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「い、痛いよ、恭子」
「海っちゃ・・見らんね、アンタ!」
はいはい・・ボクも恭子に倣って窓に向いた。

梅雨開けを思わせる天気に、海は青く凪いでいた。



海にほど近い駅でボクらは電車を下りた。
踏切と道路を渡って、海岸沿いの歩道をブラブラと江の島に向かって歩いた。

「こっちの海は、砂が黒いんやね」
「え、九州は違うの?」
うん、うちの方は、砂が白いっちゃ・・と恭子が言った。

「でも、海は海やけね。有難う、連れて来てくれて!」

この、こぼれんばかりの笑顔がボクの時間をまた動かしてくれたんだな・・と思うと、隣を歩いてる小柄な女の子がまた愛おしくなった。

「恭子・・」
「なん?」

ううん、なんでもない・・ボクは恭子と手を繋いだ。

「手に汗かくばい」
「いいよ、そんなの」

夏の太陽の下、二人は黙ったまま歩いた。


江の島は、近くに見えたのに遠かった。
30分は歩いただろうか、二人とも汗だくになっていた。

恭子は、小さなタオル地のハンカチで額をぬぐっていた。

「何か冷たいもの、飲まないか?」
「うん、うちも一休みしたい」

忘れてた、恭子は生理だったんだ。

「ゴメンな、しんどいよな、体調」
「それは平気。ただ・・・暑いっちゃ!」

そろそろ昼時だから、太陽はもう真上だった。

ボクらは小さな漁港の向かいにある商店に寄った。

ボクはラムネを頼んで「恭子は?」と聞くと、
「うち、ビール!」
「こう暑くっちゃ、飲まなおられん!」

また笑った。全く、面白い可愛い子だな、この子は。
でも年上なんだけどね。

ラムネとビール、商店のおばさんに言われてしまった。
「アンタら、飲み物が逆じゃないの?」だって。


小さな商店の店先にはベンチがあった。
ボクらはそのベンチに座り、飲み物を飲んで一休みした。

「ふ〜、一息ついたっちゃ」

恭子は軽くボクを見て言ったが、多少、無理してる様に見えた。
「江の島は諦めよう、ここらで、海をゆっくり眺めてもいいんじゃん?」
「うん、ゴメン、心配かけて」

いいんだよ、ボクの方こそもっと体調に気を使うべきだったんだから。

「な、もう一本、飲んでもいい?」
「勿論いいよ」

恭子は、ビールをもう二本買ってきた。

「あれ?一本じゃなかったの?」

えへへ・・と笑って恭子はごまかした。

ボクらは道路を渡って、小さな漁港の堤防の先まで行った。

日差しを遮るものが無いのが辛かったが、恭子は、夏なんだから焼けてもいいっちゃ・・・と意に介さない様子だった。

でも、頭はね・・とタオル地のハンカチを頭にのせた。

二人で熱くなったコンクリートに腰掛けて、海の方に足を投げ出して水平線を眺めた。


沖には小さなヨット、その手前にはボードセーリングに興じる人たちも沢山いた。

「夏の海やね・・・」
恭子は眩しそうに目を細めながら呟いた。

「初デートが湘南なんて、何かオシャレやね?!」

そうか、これは初デートだったんだな、ボクらの。

「うん、夏の湘南はやっぱりいいな」
「有難う、連れて来てくれて」


嬉しそうに恭子は、瞬く間に二本の缶ビールを空けた。

「うちな・・・」
「分かってたんよ、アンタが静かにしてる時は、きっとあの人のコト考えてるんやろなって」

「そうやけ、無理やりにでもうちの方を向いて欲しかったけん、大げさに騒いでしもた・・・ごめん」
「ううん・・」
そうだったのか、ボクはどういう顔をしていいのか分からなかった。


「何も言わんでいいとよ、うち、それでもいいっち言うたんやけ」

ボクが黙っていると、恭子は続けた。

「アンタの中には、あの人がおる」
「仕方ないっちゃ・・・遅れてきて後入りしたのはうちやから」

でもな・・・恭子は言った。

「アンタは生きてるし、これからの時間の方が多分長いやろ?!」
「そやけ、思い出しても、泣かんようになって欲しい」

一人ぼっちのアンタの横顔、寂しそうやったけ・・・と足をブラブラさせて。

「有難う、嬉しいよ。そんな風に言って貰えて」
「オレ、昨日みんなに話してさ、それから恭子と一緒にいて・・・そりゃ正直思い出したけど、悲しさは少し減った気がしてたんだ」

「オレね、恵子が死んでから女の子に興味も無くなったし、抱きたいとも思わなくなってたんだよ」
「でも、夕べは恭子が愛しかったんだ。だから自分も少しづつだけど変わり始めたんだと思う」

「時間かかるかもしれないけど、思い出して静かになることもあるかもしれないけど、恭子を好きな気持ちは、本当だよ・・・」

恭子は、じっと聞いていた。そして言った。

「ね、ビール、買うてきてくれん?」
「うち、もっと飲みたくなってきた」

ボクの方を見て、下手くそなウインクなんかするから・・・。

「いいよ!」とボクは笑いながら、道路を渡ってまた商店に行った。

おばちゃんが、暑いんじゃないの?と心配してくれたが、大丈夫です・・と礼を言って、ビールを三本抱えて帰った。
ボクも飲みたくなったからね。

堤防には釣り人がちらほらいるだけで、波の音と通りを走る車の音、あとは、海鳥の鳴き声だけが聞こえていた。

恭子は「ありがと」と早速ビールを飲んだ。

「ふ〜、いい気持ちになってきたっちゃ!」
「真夏のお天道様の下で、海を眺めながら飲むって贅沢やね?!」と嬉しそうに。

ボクも飲んだ。冷えたビールは、確かに美味しかった。
喉を弾けながら転げ落ちるビールが気持ち良かった。

ね〜、恭子は言った。

「うち、水着になっても良か?」
「え?持って来たの?」

「ううん、これの下に来てきたっちゃ・・・」
恭子が駅に向かう前に自分の家に寄りたいと言って着替えてきたのは知っていたが、まさか水着を下に着てたとは。


恭子は立ちあがって、汗ばんだワンピースをスポンと脱いだ。

白いビキニが表れてボクはドギマギした。
まだ、焼けてない肌と白いビキニが、夏の太陽の下に映えていた。

「あ〜、涼しい!さっぱりしたっちゃ!」
「汗が冷えて、いい気持ち」

恭子は両手を後ろについて仰向けになった。

「アンタも脱がん?いい気持ちやけ」

ボクも立ちあがってTシャツを脱いだ。さすがにジーンズまでは脱げなかったが、それでも確かに気持ち良かった。
しかし、夏の日差しは容赦なくボクらに襲いかかった。

暫くすると肌がジリジリと音を立ててるような感じになってきて、恭子が言った。

「ね、たまらん!水に浸かりたいっちゃ!」

あはは、浸かるって風呂じゃないんだから・・とボクらは笑いながら、堤防の突端まで行って下りられそうな所を探した。

堤防の端の港側には階段があって海に下りられた。

思ったより水も綺麗だったので、ボクはジーンズのまま頭から飛び込んだ。

プハ〜と浮き上がると、恭子も飛び込んできた!

暫く二人で笑いながら泳いでいたら、堤防の上から麦わら帽子をかぶったおっちゃんが叫んだ。

「こら〜、漁港の中は遊泳禁止だぞ〜!!」

「ハ〜イ、今、あがります〜!」
「怒られたっちゃ」

ペロっと舌を出して、恭子が言った。

あがる・・・また風呂みたいだな、とボクは笑いを止められなくなっていた。