夢の途中4 (121-151)
その祭壇右側には喪服の親族が座り、祭壇に最も近い席に父・巌が居て、その隣には何と、孝則のかつての婚約者・岡田美智子が坐っていた。
巌は二人を目の端で一瞥すると、無視するように無表情で目を閉じ、読経に聞き入り瞑想した。
美智子は目線を一切動かさず、最初から一点を見つめていた。
二人をその親族の席に座らせようとした文雄ではあったが、巌・美智子以外の親族の目が二人を射るように睨み、無言で拒絶の意を示した。
孝則は戸惑いを隠せない文雄を目で制し、自分達は中央の一般参列に坐った。
やがて、僧侶の読経が中盤に差し掛かり、先ずは親族からの焼香となる。
当然、喪主の巌が進行役の女性から名を呼ばれ、霊前に立ち焼香をした。
そして、本来の順序なら、次は子息の孝則の筈ではあったが、時代錯誤とは言え、【勘当された身】で一般席に坐らせられた自分の名が呼ばれる筈は無いと思った。
大方、母方の重鎮・群馬の叔父さんの名が呼ばれるものと思っていたが、・・・・・
巌の次に女性から名を呼ばれたのは意外にも美智子であった。
『長女・美智子殿』
しかも、『岡田美智子』とでは無く、花田家の長女として美智子は呼ばれたのだ。
唖然とする二人の前の席の主婦が、声を潜めて噂話を始めた・・
「あのお嬢さん、花田さんの遠縁の娘さんで、元々一人息子の・・・あ~~、誰だっけ?あ!孝則さん?あの子の許婚だったんだて! それが、息子が自分で好きな人めっけて家出て行ったもんだから、あのお嬢さん、行くとこ無くなっちゃって・・でも、院長先生が、もうあんな息子は帰ってこんで良い、俺が優秀な外科医の婿を連れて来てやるから、お前は養女になって花田総合病院を継げ!って言ったそうよ・・」
その時美智子は孝則とは5歳違で30歳になっていた。
花田家に引き取られて来た頃から幼い中にも廻りをハッとさせるような美しさを持った少女であったが、歳を重ねる内に、その美しさに妖艶さを加えていた。
美智子は、幼い時に母を亡くした巌の継母方の叔父の孫でありり、5歳の時に交通事故で両親・弟を亡くし天涯孤独となった。
その後暫く祖父母に引き取られ養育されていたが、彼女が小学校を卒業する前に祖母が亡くなり、祖父も認知症の症状が重くなり施設に入る事となる。
再び寄る辺を失った美智子に手を差し伸べたのが花田巌であった。
巌は美智子を京都の全寮制の名門女子学園に寄宿させ、学費・生活費の一切を援助した。
そればかりか、大宮の屋敷に美智子の部屋を造り、寄宿学校から帰った時の部屋とした。
妻・登美子も娘同然となった美智子の存在を好ましいとは思っていたが、美智子が20歳を迎えた時、巌は近い将来孝則と美智子を結婚させると云いだした時には狼狽した。
美智子を憎からずと感じていた登美子であったが、彼女を息子の嫁にする事については何かしら違和感を感じた。
常に花田の家に感謝の気持ちを示す、礼儀正しい娘ではあったが、逆にそれは何時まで経っても家族として打ち解けない頑なな気性として登美子には映ったからだ。
当時孝則は二浪の後、何とか名古屋の私立大学の医学部に滑り込み、五回生になっていた。
実は、その5年前、美智子と孝則は肉体交渉を持っていた。
当時中学3年の美智子が夏休みに帰って来た大宮の屋敷で、当時二浪中の孝則とふとしたことで肉体関係になった。
共に童貞と処女であった。互いに愛し合っていた訳ではなかった・・
巌のお陰で物心ともに足りてはいたが、若さにはそれだけでは埋めきれない何かが在った。
その時孝則は、血こそ繋がらないものの、両親からは兄妹として扱われていた自分たちが肉体関係に陥った事に酷く嫌悪感を覚えた。
しかし美智子には、こうして自分と孝則が結ばれる事が運命の様に思えていた。
孝則とて、自己嫌悪を感じながらも甘美で魅惑的な女の身体を知り、頭から離れなかった・・
夏が終わり、美智子が再び京都に帰ろうとする頃、二人は其々嘘の言い訳を登美子に告げて外出し、大宮から離れた土地で落ち合い、ラブホテルで密会をした。
誘ったのは美智子の方であった。
駅裏のさびれたホテルの一室に入ると、美智子は孝則に縋りついた。
「兄さん、・・・・・あれから美智子の事、嫌いになったの?」
『・・・そんな事・・・・でも、僕たちは兄妹のように育てられて来たじゃないか・・・だから・・・』
「私と兄さんは血は繋がって無いのよ? 叔父様のお陰でみなし児の私をあんな立派な学校にまで通わせて貰っているけど、私はまだ【岡田美智子】よ・・・・私達には愛し合える権利があるのよ?」
『・・・確かに・・・そうだけど・・・・』
「私、兄さんの事が好き!・・・・・あの時、初めての人が兄さんで、・・・とても嬉しかったもの・・・・・兄さんは美智子の事が嫌い?」
『そんな事・・・・僕だって美智子の事が・・・好きだよ・・』
「嬉しい!・・・だったら・・・・抱いて!・・・・また暫く逢えないわ・・・だから、思いっきり抱いて!」
美智子と孝則は抱き合ったままベッドに倒れ落ちた。
貪るように重なる二人の唇・・・
孝則が美智子に覆いかぶさり、不器用な手つきでブラウスの上から胸の膨らみを弄る・・・
はぎ取るように乱暴に美智子の衣服を脱がせた孝則は、美智子の身体にのめり込んで行った・・・
それ以来、美智子が大宮に帰る度に、孝則と美智子は身体を求め合った・・・
この時と同様に、嘘の言い訳を家族に告げて外出し、後で落ち合った。
時には母・登美子が在宅する昼間でも、広い屋敷の一隅でこっそり求め合ったりもした・・・
孝則にとって美智子は依然妹同然の気持ちは変わらなかったが、思春期の性に対する誘惑には勝てなかった。
美智子とて、自分をここまで援助してくれる花田家に対し裏切りを働いていると云う自己嫌悪の思いも強かったが、孝則に対する思慕は強く、ましてや普段遠く離れて逢えない気持ちも在って、孝則に抱かれる度に幸福感を味わうのであった。
しかし、転機は孝則の受験合格により訪れた。
翌年の春、孝則が名古屋の大学に入学したからだ。
今までの様に長い休みの度に大宮で孝則と会えるとは限らない。
美智子の通う寄宿学校は校則が厳しく、例え日曜日でも正当な理由が無ければ外出もままならないのだ。
新幹線なら京都・名古屋は1時間足らずの道程だったが・・
更に美智子にとって【悪い事】が重なる。
学業優秀だった美智子に学園長が姉妹校であるイギリスの名門校への留学を推薦したのだ。
【うまく行けば】、ケンブリッジ大学へ入学する事も夢ではない。
巌・登美子共々諸手を上げて賛成した。
登美子は素直に美智子の幸せの後押しが出来ると喜んだが、巌の胸中には【みなし児を立派に育て上げた偉人】と他人が見上げるであろうと想いが在った。
そしてその頃から、この娘を孝則の嫁にすれば益々花田家は万全になるとの想いを強くした。
しかし皮肉にも当時の美智子にそこまで思いは廻らず、ただただ孝則との別れを哀しんだ。
さりとて、ここまで喜んでくれる花田家の人々の期待に応えない訳にも行かず、薦められるままイギリスに発った。
作品名:夢の途中4 (121-151) 作家名:ef (エフ)