笑撃・これでもか物語 in 歯医者
高見沢はそれからも何回ともなく「ゴックン」、「ゴックン」と水を飲み込んだ。要はナオちゃんは歯石取りに一生懸命で、水吸引用のパイプの取り扱いを忘れ去ってしまっているのだ。
一人二役ができないカワイコちゃん。言い換えれば、充分なトレ−ニングがされていないか、あるいは歯科助手の素養がないか、そのどちらか。
高見沢は何回も繰り返し繰り返し水を飲み込んだ。もう歯科助手のチャチチュチェチョお姉さんが、どうのこうのと考えてる場合じゃなくなってしまった。
一リットルの水は飲んでしまっただろうか。
本当に苦しい。水が喉につまり、呼吸機能が落ちてきている。
「ああ、オレは、この歯医者の……、この椅子の上で」
高見沢に恐怖が走る。そして、恐ろしい一つの言葉が、そう、高見沢の頭を過ぎって行くのだ。
まさにその言葉とは──『溺死』
『溺死』、なんと残酷な響きだろうか。
それにしても、歯医者の治療椅子の上で……溺れ死ぬ……とは、はなはだみっともない話しだ。
「あ〜あ、俺はついに歯石取りの最中に、歯医者の治療椅子の上で──『溺死』──、こんな事故死、会社は労災認定しないだろうなあ」
高見沢の脳は、あ〜あ、『溺死』という文字で埋め尽くされ、約束の左手も上げられないほど意識が朦朧としてきた。
それでも思考の奥の方で、「これは、真剣にヤバイぞ」とビビッた。
作品名:笑撃・これでもか物語 in 歯医者 作家名:鮎風 遊