笑撃・これでもか物語 in 歯医者
「う・う・う・う・う〜」
さすがの高見沢も苦しくて悶えていると、やっと歯科助手のナオちゃんは、それに気付いてくれた。そして可愛く仰るのだ。
「高見沢ちゃま、この水、きれいでチュよ。飲んでも……、おナカイタ、チまチェンからね」
「チャウ、チャウ、違うんだよ! おなか痛の問題じゃないんだよ。あのね、口の奥の水の──やっかい事なんだよ。もう缶コーヒー三本分は飲んでしまったよ」
高見沢はついに苦しくて左手を上げてギブアップ。
「ハ−イ、一度お口をクチュクチュしまチョ−ね」
ナオちゃんはこんな口調とは裏腹に、ゴイッと荒っぽく椅子の背を上げてくれた。しかしここは高見沢にとって千載一遇のチャンス。カワイコちゃんに、こんなにキツイことを言って良いのかなあと躊躇しながらも、やっぱり言ってしまうのだ。
「あのねえ、もうちょっとバキュ−ムを、奥の方へ突っ込んでくれない。水をもっと吸い取って欲しいのだけど……。もっときっちりとやってよね」
するとナオちゃんからは、実に明るい返事が。
「ハーイ、わかりまチた!」
だがその後、ナオちゃんはしばらく沈黙してしまったのだ。高見沢は「ちょっときつく言い過ぎたかな」と心配になる。そんな時に、ナオちゃんはぽつりと独り言を呟くのだ。
「そうなんだ」
「おいおいおい、そうなんだ……だって? それって、どういう意味なんだよ? アンタの人生の中で、今初めて気付いたということなのか?」
高見沢はもう家に帰りたくなった。しかし不幸にも、歯石取りはほぼ強引に再開されたのだ。
高見沢は正直何らかの改善を期待した。だが残念ながら、それはまったく現実には起こらなかった。
作品名:笑撃・これでもか物語 in 歯医者 作家名:鮎風 遊