笑撃・これでもか物語 in 歯医者
高見沢の頭の中を、ただ一人冷たい三途の川を渡ろうとしている、そんな自分の幻影が過ぎって行く。
「死中求活!」
それにしても不思議だ。こんな聞いたこともない四字熟語が蘇り、心の中で叫んでしまう。
そんな時だった。遠くの方から声が聞こえてくる。
「高見沢ちゃま、高見沢ちゃま……、歯石取り、今日の分は終わりまチたよ。大丈夫でチュか? あっそっかー、……、寝てはったんやね」
「アホ、ボケ、カス、おまえのオヤジはデベソか! 寝てるわけないだろうが。溺死しかけてたんや!」
高見沢は朦朧(もうろう)とする心の奥底で、こう絶叫すると、椅子の背がゴイッと起こされた。
「う・う・う〜」
高見沢は苦しい。しかし、これでなんとか現世へ引き戻されたようだ。
されども溺死寸前状態。もう椅子の上でぐったり。多分今喉に指を突っ込めば、少なくとも1リッタ−の水が噴き出すことだろう。
「日本の歯医者って、ハイテクに没頭するのも良いけれど、現場の作業で、溺死させるほどの事が起こってる。それなのにハイテク先生は、多分気付いていないのだろうなあ。ぜんぜんマネッジメントされていないよなあ」
高見沢はこう思い至り、さらに「これが、日本の現実なのだろうなあ」と納得する。
そして目の前のモニタ−から映し出されている映像を虚ろな目で見てみると、そこには歯のレントゲン写真はすでに消え、元のタイタニックの映像がある。
まさに名場面が映し出されているのだ。
作品名:笑撃・これでもか物語 in 歯医者 作家名:鮎風 遊