庭自慢とビスマルク
このことを夫に話そうと思っていたのに。渦巻く寂寥を今更ながら自覚し、彼女はレタスとトマトの上に目玉焼きをそっと着地させた。少し固く焼き過ぎたかもしれない。薄い焦げ目のついた食パンと見比べる。どちらも湯気を立ち上らせ、口に運ばれるのを待ち構えているのに、グレゴリオは来なかった。コーヒーを淹れるという猶予を与えても同様。エプロンを外し、引いた椅子の背に手を乗せてしばらく突っ立っていたが、人影はおろか、足音すらも聞こえてこなかった。
嫌になるくらい悠長に聞こえる時計の針に耐え切れなくなったとき、ようやくグリアは諦めて椅子をテーブルの下に押し込んだ。
グレゴリオは、先ほどと変わる事ない姿勢で地面に座り込んでいた。近づいてくる気配は確実に感じているにも関わらず、振向こうともしない。刺激臭を放つ盥だけは脇に押しやられ、眼は遠く、花壇を見つめている。まだ蕾のままの花々の中で、やはりダリアは大きく目立っていた。
「お食事、出来たわよ」
横に回り、そっと声を掛ける。顔を見ようともせず、グレゴリオはぼんやりと答えた。
「ここに持って来てくれ」
「ここに?」
口元だけの笑みで返せば、同じ口調で同じ言葉を繰り返す。おかしなことをとは言わずに、グリアは頷いた。相手が見ていないと知っていても、はっきりと。本当に、おかしなことだった。映画界に入ってから礼儀作法にうるさくなった夫が口にする言葉とは、到底考えられない。グレゴリオが眺める方向に眼を向ける。もしかしたら、花に気付いてくれたのだろうか。
フォークで突き刺す黄身がちゃんと決壊したことに安堵する。黙々と口に運ばれるトーストはもう1枚目が消えうせ、2枚目の半分が膝に乗せられた皿の上で醒めていた。早食いの癖がついてしまったグリアはもう既に食べ終わり、隣で夫の存在感に気を配り続けていた。
地面に座り込んでのブランチは思ったよりも快適だった。日当たりの良い庭の中で辛うじて光を遮るひさしの下に、通り抜ける風はそれなりの涼しさをつれてくる。もう、秋なのだ。西海岸の季節は分かりにくかった。暇でなければ見つけることすら出来ない。幸いグリアは時間を持て余していたので、夜の闇の微妙な温度差も、一人寝のベッドで見つけることはたやすかった。