庭自慢とビスマルク
涼をとるこちらを羨むことなく、ダリアの花は必死に黄色い光の中で葉を広げていた。ラジオからは、週末辺りにまた気温が上がると報告を受けていた。紫の花は、枯れてしまうかもしれない。それまでに、夫に知らせたかった。毎日グリアが丹誠をこめて肥料を埋め、水を撒いていた結果、あれほどまでに大きく美しい花が咲いた。夫には知る義務と、権利がある。
口を開く前に、グレゴリオはフォークで刺したレタスを一旦皿に戻し、その大きな眼をこちらに向けた。
「スーツがあれだから、午後から買いに行こう。一緒に」
地味なスカートとブラウスに視線を落とす。あくまでも穏やかな口ぶりの中に、強要はしっかりと居座っていた。
「準備しろよ。君の服も、何か……いや、服じゃなくてもいいけれど」
見つめ返そうとした矢先に、彼は大きく息を吐き出して再び視線を逸らしてしまった。
「何でもいい。欲しいもの、あるだろう」
最後のトマトを咀嚼しながら、グレゴリオは大人しく返事を待っている。まだどこか眠たげな瞳はピントを緩めたままで、静まり返っていた。これ以上、動かないとは分かっていた。慣れたつもりでもやはり戸惑ってしまう。どれほど衣装を変え、訛りを消しても、決して蕩ける事のない冷えた瞳を、追い掛け回す少女たちは本当に見ているのだろうか。正面からじっと顔を覗き込む彼の葡萄ように黒く、艶やかな眼を逆に覗き返したところで、何一つ映していないということを。余りにも大きい黒目だから、光を吸い込んでしまうのかもしれない。
「別に何も」
その中に映りこんでしまう自分を見るのが嫌で、グリアは俯いたまま言った。修飾する言葉は見つからないので、いつも通りありのままに答えるしかない。
「十分買ってるわ」
「そんなこと言って」
本心からの感謝をこめても、案の定グレゴリオは機嫌を損ねてしまった。フォークを前歯で噛む事で、ため息を無理やり飲み込んでいる。
「あんなの、今時誰も着てやしない」
「着られるわよ」
視線を落としたまま皿を重ねていたら、とうとう自分の手元ではない場所で一つ、陶器の金属のぶつかる音。流れ落ちた黄味が掠れた模様をかたどった白磁の上には二口分のトーストとレタス、よく磨かれたフォークに貫かれはみ出さずに済んでいるものが乗っている。卵を拭い取ろうとパンでこねくり回す度に気に障る音を立て、苛立ちをそのまま表現していた。