庭自慢とビスマルク
車が消えてから寝室に直行するまでの間、グレゴリオは一度も口を聞こうとしなかった。不機嫌かと一瞬危惧したが、ただ単に酔っ払っているだけのようで、しかも今まで眼にしたことがないほど程度は重い。階段を昇るとき、二度も足を踏み外しかけたほどで、そのたびグリアは本人以上に肝を冷やさねばならなかった。
シャワーを浴び、濡れ髪のまま突っ伏すようにしてベッドに倒れこんだ夫の体にシーツをかけたときにはもう4時前だった。空は白み始めていたし、今から寝たら余計に体に堪えるかと思ったが、結局グリアは服を脱ぎ捨てた。カーテン越しの青い光を吸収した寝間着の白がところどころ斑なのは年季の成せるわざで、ここに来たときから使い続けているガーゼ生地は、この前も裾のレースが取れかけていたのを繕ったばかりだった。
「買い換えろよ、みっともない」
不意に掛けられた声に振り返った眼差しは、羽毛の枕に頭を乗せたグレゴリオの、思ったよりもしっかりとした瞳とかち合った。
「何年使ってるんだ」
「まだ使えるわ」
素裸の上半身を隠すよう布と腕を押し付けながら、グリアは言った。眼を凝らさずとも、闇に慣れた眼はシーツと同じ色の顔を簡単に浮かび上がらせる。
「破れてもいないのに」
「貧乏臭い」
ため息と共に吐き出す。
「明日買いに行こう」
「撮影は?」
「ない」
きっぱりと告げられた返事に少しだけ考えてから、結局グリアは首を振った。
「大丈夫よ。今のままで十分」
背を向け、確かに少しよれはじめた布に袖を通す。
「ニューヨークにいた頃は、こんなものを着られるようになるなんて夢にも思わなかったわ」
褒め言葉のレパートリーの一つを、いつもどおり本心から言えば、グレゴリオはそれっきり何も言わなかった。爽やかな小鳥の鳴き声よりもずっと近くから、もたつく衣擦れの音は聞こえてくる。
そっとベッドに入り、背を向けてしまった夫の首筋をしばらく眺めていた。絹のパジャマから伸びる襟足は、先ほどよりもずっと白く見えた。もうすぐ、日が昇る。
夜が持つ最後の冷たさは頬を刺し、肩を冷やす。少しだけベッドの中央に身を寄せれば、背中合わせの位置にあるいつもよりも高い体温が、安堵と鬱屈を呼び覚ます。