庭自慢とビスマルク
言いながら、グレゴリオは大きく身を揺らした。おぼつかない足取りだから倒れるのかと一歩踏み出したが、傍にある素っ頓狂なエンタシスの柱に身を凭せただけで、また俯く。
「のどが渇いていたから、ちょうど良かった」
「何言ってるのよ、服が酷い事になってるわ」
垂れ下がった夫の腕と、それを引っ張る華やかな女の手と言う接点に、どうしても目がいってしまう。
「前から思ってたけれど、あなた奥様泣かせにも程があるわ」
「泣かすものか」
大理石を模した柱に肩を押し付け首を振る。そして、ゆるゆると顔を上げる。4日ぶりに見た夫の瞳は半分閉じかけていたものの、しょっちゅうグリアを竦ませる爬虫類のような無感動さは、白く薄い瞼では到底隠される事はなかった。先ほどの不誠実さが嘘のような直情で、視線はまっすぐ貫いてくる。
「そんな事ない」
「あなたが知らないだけよ」
濡れねずみの身体を容赦なく叩くキャロルはあくまでも天使のような表情で、真面目に柳眉を逆立てている。これはポーズなのか、それとも自然体なのか。不快感は沸いてこないので、後者であると素直に思い込むこととする。
昔に比べて順応した体では、衝撃も少ない。強張らせた身を素早く解き、崩れ落ちてしまいそうなグレゴリオに歩み寄る。
「風邪を引くわ」
優しい無感動さで触れれば、眼は細められ、最後は落ちる。肩の上に乗せられた華奢な手へ、グレゴリオは更に自らの形良い掌を被せた。身動きで益々濃くなった葡萄の匂いよりも、ふやけて柔らかい指先の優しさのほうが、グリアにとっては困惑を深める要因となった。
「歩ける?」
心配そうに覗き込むキャロルに、グリアは頷いた。
「ええ。本当に、ごめんなさいね」
「いいえ。近くですもの」
「こんな時間じゃなければ、お茶でも淹れるんですけど」
「また今度の機会に」
にっこり微笑んで、跳ねるような仕草で踵を返す。傾きかけた月の光を浴びて、ファーがまた等間隔に波打つ。
「お邪魔しました。これ以上奥様を困らせちゃ駄目よ、グレッグ」
夜の闇を壊す透きとおった声に、グレゴリオはただ手を掲げただけで、挨拶もしなかった。