庭自慢とビスマルク
「いいえ。こちらこそ、わざわざ」
期待通りじっと見つめ返してきたキャロルは、一度長い睫毛をぱちりと瞬かせてから、再度申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「夫が無理やり飲ませたの。撮影が終わったからって大騒ぎして」
「あの小説の?」
「ええ」
隣で上の空のグレゴリオへ心配そうな視線を投げてから、こっくりと頷く。
「ゲーリー・クーパーよりもずっと素敵に、レット・バトラーを演じたの」
子供のような無邪気さで、彼女は断言した。
「言えてる。クープはもっと……紳士だから」
尋常でない呂律で、グレゴリオも唐突に相槌を打つ。
アルコールには強い夫がこんなにも足をふらつかせるなんて、どのようなパーティーであったかなど容易に想像がつく。
4日ぶりに会ったと言うのに眼すら合わそうとしないグレゴリオの格好を上から下まで見下ろしたが、ため息一つ出てこなかった。
「どうしたの、その格好」
片方のボタンが外れたカラーはまだいいほうで、その根元に結ばれていたはずの蝶ネクタイは行方不明。フォーマルとワイシャツは濡れているなどと言う言葉を通り越して、袖や襟など末端と言う末端から紫色の液体が滴り落ちていた。足元には既に水溜りができ、革靴の艶を奪う代わりに玄関の照明を反射しぎらついている。数歩離れた場所にいてもむせ返りそうな葡萄の発酵した匂いに、たまらず顔を顰める。
「おたくで?」
グリアが問えば、キャロルはまとめた髪が崩れる事などお構い無しで強く首を振った。
「いいえ。今日はデヴィッド・O・セルズニックの自宅」
挙げられた場所へは、行こうと思えば徒歩でも向かえる巨大な邸宅だった。
「MGMでの試写会のあと、みんなで彼のところに流れて……10時くらいからだったかしら。あの映画、大ヒット間違い無しよ。もう、みんな大興奮で」
夜もとうに半ばを過ぎ、近くにいる人間といったら運転手くらいのものにも関わらず、キャロルは少し顔を近づけ、声を潜めた。
「一緒に来てたティモシー・ペインがふざけて、グレッグのことプールに突き落としちゃったのよ。今日はたまたま、水の代わりにワインが張ってあったってだけの話」
「しこたま飲んだよ。ありがたいことに」