庭自慢とビスマルク
血が巡りすぎてすっかりのぼせた頭は、全てを拡大して見せる。感情の奔流は早すぎて理解することが出来ず、膨れ上がる瞼を押さえる事も出来ない。泣けばすっきりするのかもしれない。けれど、目許は腫れぼったくなるばかりで、一滴の水分も湧いてはくれなかった。 蹲り、白い毛並みに手を伸ばす。触れるのにも躊躇した。膝に顎を押し付け、唇を噛み締めれば、ようやく、目の前がじわりと霞んでくれた。
「一体何の騒ぎだ」
革の靴底と絨毯の擦れる音に、顔を上げることが出来なかった。グレゴリオは心底驚いたような声色と共に一歩歩み寄る。身を丸め、出来る限り狭めた視界に、靴のつま先が踏み込んできた。黒光りするそれは、毎日グリアが丁寧に塗っている靴墨のおかげで新品のようだった。見たくなくて、益々身を縮める。気付いているのかいないのか、ついた膝を更に近くへにじり寄らせ、夫はますます不安の色を濃くする。
「具合が悪いのか」
「なんでもないの」
抱きかかえようと伸ばされた腕の中で、ひたすら身を固くする。かすれ消えかけた声で何とか取り繕おうとするが、結局喉からひねり出せたのはいつもと同じ惨めな言葉だけだった。
「ごめんなさい」
グレゴリオは彼女の肩を抱き、立ち上がらせた。足元にまとわりつくショールに一瞬だけ眼を向けたが、口は開かない。床の上から見つめる黒い宝石の眼を無視し、服の隙間に妻を座らせると、そのままの姿勢で、彼女の眼を覗き込んだ。
「どうしてそう、謝るんだ」
「だって、私」
それから先はおろか、泣き声さえ出せない。嵐の中に取り残された迷子の顔で、グリアは夫の瞳を見つめた。途端、対峙した眼はそらされる。身を離し、半身背を向ける格好のままため息をつく夫の姿は、再び悲しみと後悔を呼び起こした。
「怒ってなんかいないじゃないか。早くしろって言っただけで」
「ええ、私が悪いの」
「悪くない。悪くないさ」
吐き捨てるように唸る。
「これで満足か?」
ショールの入っていた箱を蹴飛ばし、そのまま乱暴な足取りでドアに向かってしまう。引き止めたくて今にも手は動き出そうとしていたが、最後の一押しが足りない。どうしてこんなに。情けなさに、このまま消えてしまいたくなった。
膝の上で握り締めた手を穴が開くほど睨んでいたら、最後の一言、くたびれた口調が、ショールと共に投げつけられる。