庭自慢とビスマルク
沈んだ声の呟きを後にして、積み上げた皿を抱えなおす。キャロルの夫であるクラークは、意外なほど電話好きだった、話は、長くなるだろう。
「なんだって?」
だが、すぐさま叩きつけられた受話器の固い音に驚いて振り返れば、見えていたのは引き抜かれたネクタイが、模様のように廊下へ散っているさまばかり。再び絨毯の縁に皿を下ろし、拾いながら追いかける。
「どうしたの」
「今、家の前に来てるんだよ。車を持ってきたって」
ふと足を緩め、グリアの服装を検分する。
「着替えてたんじゃなかったのか」
「ええ、ちょっと」
詰る色すら見える口調に、手の中のタイを胸に押し付けた。その態度に、再び癇癪の気を柳眉の端に浮かべる。
「行く気あるのか?」
「ごめんなさい、すぐ着替えるから」
もう一言、苦言を漏らそうとした唇の動きを遮るよう、外からけたたましいクラクションの音が鳴り響く。
「早くしろよ」
結局、不機嫌な唸りだけで会話は終わる。項垂れた顔を視界から外したいといわんばかりに、グレゴリオは首を振り振り踵を返した。
「すぐ戻ってくる」
手早く食器を洗い、部屋に駆け込む。どれだけ乱暴にクローゼットを開いても、今日、この場にふさわしいと思える衣装が見つからない。泣き出しそうになりながら、必死でハンガーを引っ掻き回す。藍色のスカート、地味すぎる。半年前に買った綿のブラウス、論外。焦れば焦るほど、暗くナフタリン臭い衣服は迫り、息が詰まりそうになった。木製ハンガーとポールがぶつかる固い音が、狭い空間で反響し一層大きく響く。腹を立て、手当たり次第に引き抜いて、ベッドの上に投げ出す。広いダブルベッドの上に散らばり、皺を作っていく服の殆どに、彼女は袖を通していなかった。
爪先に当たった箱を見つける。中身が分かっているのに分かっていないふりで引きずり出した。蓋を引き剥がさんばかりに開き、逆さにしてひっくり返す。
紅茶用のティーバックに入れたナフタリンが、2つ、3つと零れ落ちる。後から、軽やかな衣擦れの音と共に、流れるようなたおやかさで滑り出た狐のショールは、綻びだらけのスリッパの上、素足の爪先の際へ、無造作に丸まって着地した。