庭自慢とビスマルク
低く笑うグレゴリオに対抗するよう、頑なに言い張る。
『ニューヨークではそんなふざけた言葉、誰も使わなかったじゃないの』
『ああ、使わない』
指先は触れようとする以外の意味合いを持たず、労わるような優しさで頭骨に沿って往復する。またしばらく黙り込んだ後、グレゴリオは静かに、けれどきっぱりと告げた。
『養子を貰おう』
グリアは強く眼を閉じた。
『いらないわ』
すっかり醒めてしまった意識は、引きつつある血の気に寒さを覚える。身を捩り、頭上の膝に横面を乗せた。抱き合うたび低さを実感する体温も、今このときは十分すぎるほどだった。
『二人の子供が欲しい』
『けれども』
この話題を持ち出したときにだけ浮かべる痛々しい感情をめい一杯振りまき、返す。
『無理なんだよ』
『そんなことない』
耳を固い膝へ押さえつけるようにしながら、グリアは首を振った。
『いつかは、きっと。時期が今じゃないだけ』
グレゴリオは答えなかった。身体を強張らせ懸命に身を寄せる妻の髪をなで続けていた。時おり引っかかる黒髪が、撮影所で彼の相手をする美女達のものとは同じ壇上にすら上がれないことは、百も承知だった。けれど今、映画俳優、グレッグ・レイディの隣にいるのは、間違いなく妻である自分だった。それはとても幸福なことだと、グリアは思っていた。
『さっきの話だけれど』
『さっきって?』
訝しげな口調で首を傾げる。
『もしも結婚してなかったらって話よ』
拭い去ることの出来ない悲しみを、ため息で誤魔化す。
『そういうことじゃなかったの』
言いたかったのは。言って欲しかったのは。
気付かなかったが、屋内ではいつからか甲高い電話のベルが鳴り響いている。慌てて据え置き電話のある廊下を走っていたら、ちょうど階段を降りてきたグレゴリオと鉢合わせした。
「俺が出るよ」
先ほどとは違うスラックスと、シャツの首には数本のネクタイがぶら下がっている。
「昨日の昼からずっと、車をクラークのうちへ置きっぱなしにしてるから、その事だろう」
受話器を取り上げ、声に耳を澄ます。微かに浮かんだ落胆の表情の意味など、グリアには知る由もない。早く皿を片付け、出かける支度をしなければ。
「ああ、クラーク?」