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セールス・マン
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庭自慢とビスマルク

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『時々思うのよ。もし、ニューヨークにいたらって』
『そりゃあ、君のお父さんが気に入るような人と結婚して、家庭を築いていただろうな』
 『クラウツ(ドイツ人の蔑称)』と、自らの母方に流れる血を散々に罵った嫁の父を思い出したのか、深いため息にも自嘲が篭る。
『子供だっていたかも』
 仕事の忙しさでごまかしている問題に、胸は切り裂かれたように痛む。
『赤ちゃんなら、もう少し落ち着いてからで大丈夫よ』
 流れる血があるのだとしても、夫に見えているはずがない。けれどグレゴリオは、確かにそのとき、悲しげな表情を浮かべて見せた。そこには嘘やまやかしなど何もないように思えた。
『だって、忙しいでしょ?』
 こんな話をしたかったわけではないのに。自らを呪いながらも、グリアは明るい声を作らねばならなかった。見せなければよかった診断書。言わなければよかった検査結果。『私、いつでも子供を産める身体ですって』
『そうだな。今が一番稼ぎ時だし』
 読んでもいないページを捲りながら、グレゴリオは呟いた。
『もう少し自由な生活を楽しもう』
 買ったばかりの応接セットはまだ革の硬さが抜け切っていないし、ひんやりと冷たい。夫が腰掛けるのは一人掛けのソファ。その隣に横たわる三人掛けの席は、彼女が一人で占領している。いつもは向かい合う、同じ形の一人掛けの場所は今、ニューヨークにいた頃彼女が縫い上げたパッチワークのクッションが積み重ねられている。
 最初は行儀よく座っていたものの、自分でも深く意識しないうちに、グリアはスリッパを脱いで長椅子の上に身を乗り上げていた。寝坊をしたグレゴリオとは違い、彼女は今朝、庭の草むしりのため早起きをしていた。時計はまだ9時を回ったばかりだというのに、もう眠気は夏の終わりの気だるい熱気に混じって忍び寄ってくる。
 ソファの冷たさも今だけは心地よい。身を丸めるようにしながらうとうとしていたら、不意に頭の辺りが緩やかに軋んだ。永遠に続くような眠気の中でも、シャツに振りかけたオーデコロンの香りと、低い体温はすぐに分かる。頭はあげず、そのままじっとしていたら、男にしては繊細な作りの手が鬢の辺りに触れる。
『ディア?』
『やめて、気持ち悪い』
 少しずつ持ち上がる意識の中で、グリアは言った。
『ハニーとかラヴァーとか、大嫌いよ』
『そうか?』
『ええ』