庭自慢とビスマルク
頷きながら、まだ冷や汗が去っていないのだろう。何度か瞬きし、頬を掻く。
「まあ、どうしても必要ってものでもないからな」
幾らこの天気とはいえ、長い間日陰に座っていると少しずつ体が冷えてくる。シャツに皺が出来るほど腕を擦りながら、グレゴリオはもう一度、突かれた虚を引きずったままの真っ白な顔つきでグリアに尋ねた。
「欲しいもの、何かないのか?」
グリアが彼の感情とその真意をはっきりと知ることが出来るのは、この表情を眼にしたときだけだった。すべてが吹き飛んで、何も無い。これだけは、彼女のものだった。微笑みも、怒りも、涙も、煙草を摘む仕草に至るまで、夫の全ては何万人の観客や、パーティーに出席する人間と共有しなければならない。ニューヨークにいた頃から分かっていたことだった。ショービジネスの世界を目指す人間は、体裁を繕うのが驚くほど上手い。
喜びに応えたくて、グリアは必死に言葉を探した。
「そうね」
視界に入る忘れ去られた盥から、意識すれば途端に鼻を刺す化学薬品。
「漂白剤、今日使ったので無くなったし」
一つ忘れていた。これも彼女にしか見せない。
「あと、たまねぎ」
波のように揺れながらこの場を包み込む、苛立ちと諦めの混じった吐息。
「確かに必要だな」
自分で口にしておいて更に腹が立ったのか、立てた膝の間に肘を乗せ、顔を埋めてしまう。
「ついでにジャガイモでも買っておくか?」
棘のある言葉に反論することも出来ず、グリアは再び眼を伏せるしかなかった。非は、痛いほどわかっている。
「ごめんなさい、でも、本当に何もいらないのに」
「謝らなくても」
うんざりと振られた片手が力なく頭に落ちる。一つ一つの動作に、悲しみと戸惑いは深まるばかりだった。
「確かにタマネギも漂白剤も必要だ」
「晩ご飯、シチューにしようと思うの」
たった今思いついた夫の好物は、焦りに混じって流れるように口から飛び出す。それでも、グレゴリオは普段ならば整髪剤できっちり固めている頭を、指先で引っかいただけだった。
「何か、食べたいものある?」
「シチュー、まだ少し暑すぎないか」
「それもそうね」