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庭自慢とビスマルク

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「金のことなら心配しなくてもいい」
 パンを突き刺しなおし、グレゴリオは言った。
「何のために稼いでると思ってるんだ。いつも言ってただろう」
 弾力をなくしたパンとレタスを口に押し込み、一人深く頷く。
「ニューヨークで。成功したら、飛び切りいい暮らしをしようって」
「今でも立派な暮らしじゃない」
 空になった皿を受け取るとき目を上げれば、グレゴリオは首を振った。
「まだまだ。そりゃあ、大統領とまでは行かないかもしれないが」


 口の中一杯に頬張る横顔を見て思い出したのはリトル・イタリーの影と光が混ざった色つきの景色だった。昼食を買いに来る労働者たちの波も遠くに霞んだ午後2時頃、ふらりと店にやってくる青年の洒落た井出達に胸を焦がしたのはグリアだけではない。彼はいかにも気だるげにショーケースへ寄りかかり、柔らかい声で毎日同じものを注文する。「ボンボローニ、一つずつ」。袋に詰めようと身を屈めたとき、浮ついた笑顔の妹がそっと耳打ちする。「甘いもの好きって、意外ね」。ドーナツ生地からはみ出すレモンカスタードよりもずっと色白で、近辺に住む少女の気を惹いてやまない男の姿に、厨房から顔を出した父親は渋い表情を作る。ユダヤ人街に入り浸り、札付きの不良と遊びまわっているごろつきになど、イタリア人の親ならば絶対にいい顔はしない。刺すような視線などお構い無しに、青年は買ったばかりの菓子を一つ齧りながら、姉妹を交互に 見比べて、上に掛けられたグラニュー糖よりも甘く微笑むのだ。「美味い」
 有頂天になりながらも、彼が一番甘くないクリーム味ばかり口にしていることに気付いたのは、姉妹の中でもグリアだけだったらしい。結婚してから指摘すると、グレゴリオは苦笑いして白状した。「甘いものは苦手なんだ。残りは全部、ベンに食ってもらってた」



「プールなんかどうだ」
 不意にグレゴリオは呟いた。グリアが顔を上げると、本気と冗談、どちらでも取れるような顔は芝生を――特に、花壇の辺りを――眼で計っている。
「あのあたりに飛び込み台を設置して」
 指先が示した方向で揺れていたのが紫の花であったことに、胸が締め付けられる思いだった。
「駄目よ」
 珍しく強い否定に、夫はびっくりして眼を丸くする。同じくらい驚いたグリアは、慌てて言葉を付け足した。
「大体あなた、泳ぐのなんか好きじゃないでしょう?」
「ああ」