夢の途中1(1-49)
真知子が失踪した日、たまたま広州からとんぼ返りの予定で帰国した優一が、
戻るに戻れなくなって以来8ヶ月ぶりの広州だった。
幸いにも、優一の留守中、工期に差しさわりが出るような事故も無く、来春の完工式に合わせ工事は順調に進んで行った。
夢島建設は経済発展著しい中国・広州郊外の河川に懸ける橋を受注していた。
本件の受注についてはメイン銀行から出向していた【勝田常務】がその音頭を取り、次から次に湧いてくる広州市側の無理難題を、受注欲しさに「ハイ、ハイ」と聞き入れ受注した曰く付の物件だった。
当時の夢島建設には創業者系の【社長派】、大手ゼネコン系の【専務派】、それに銀行系の【常務派】があり、互いに足の引き合いをしていた。
当時からどの派閥にも属さない優一は、日本国内も海外も辺鄙な地方回りが仕事の常であったが、それゆえ、地元企業との連携・融和の手法は抜きん出ていた。
そもそもゼネコンとは、常に実動部隊は「借り物」であって、
その規模と資金力を背景に下請企業を思い通りに操り、
【自分の実績】と云い張るのが常であった。
優秀な下請け企業が身近に存在する地方都市はまだしも、辺鄙な場所では寧ろ彼らに融け合って仕事をしなければ前に進まない事も多くあった。
風習の違う【異国】ではなおさらであった。
その優一のリーダーシップに目を掛けていたのが、当時勝田常務派の山本部長であった。
山本と優一は2歳優一の方が年上だが、同期入社で親しかったのだ。
その山本部長の説得で、この【広州橋】の価格的・納期的・技術的にも難工事を優一が現場監督する事になったのだった。
空港からホテルに寄らず、現場事務所に出向いた優一を部下の古畑が迎えた。
「古畑君、迷惑を掛けたね。何とかひと段落ついたよ。
君たちの頑張りで総て順調のようだな♪」
『次長、ご苦労様です!・・・・色々、大変だったでしょ?
心中お察し申し上げます・・・由美ちゃんも大変でしたね・・』
「ああ、由美にも迷惑かけたが・・・
ナニ、あの子はしっかりしてるよ・・俺なんかよりよっぽど肝が据わってる。 今回はつくづくそう感じた。」
『・・・今回の事では・・・その・・・上の方もなんか・・ゴチャゴチャ言ってるそうですが?』
「な~に、言わせておけば良いのさ。 俺は逃げも隠れもしないさ。何も犯罪を起こした訳じゃない。ワイドショーの恰好のエジキにはなったが、別にそれで社名を汚した訳じゃなし、寧ろ中堅ゼネコンである夢島建設を広く世に知らしめたと、表彰してくれても良いかと思うがね♪」
『次長、そんなコト勝田常務が聞いたら頭から湯気出して気絶しますよ♪』
「ははは、そりゃ見ものだな♪あの禿げ頭から湯気が上がるのを一度見てみたいもんだ♪本来ならこんな事にでもなれば【地方へ左遷】ってのが常だが、俺は元々地方の現場が大好きさ、飛ばしてくれたら【感謝感謝の雨アラレ】ってもんだよ♪」
『そうですよ、この広州の現場だって、自分の派閥の手柄の為に、無理を承知で勝田常務が広州市から請け負って、ソレを何処の派閥にも属さない林次長に頭を下げて【丸投げ】ですからね・・契約から着工まで僅か2年、工期も3年足らずでこれだけの橋を押し付けてくるんだから、幾らトーシローの銀行屋さんでも、開いた口が塞がりませんよ・・』
「まあ、そう言いなさんな、誰が何のために受注したかは俺達には関係ない。この橋が来年完成し、広州市の発展に大いに役立つよう今はベストを尽くすのが俺達の仕事だ。
今夜は皆に迷惑を掛けた詫びとして、俺のオゴリだ、みんなを集めろ♪ ああ、現場の王(ワン)さんは元気か?オヤジとも今夜は白酒(ペイチュウ)で一杯やりたい♪」
『分かりました!皆喜びますよ♪』
慰労会を兼ねた現地作業員らとの宴会は日付が変わる時間まで続いた。
翌日は日曜日だから大いにハメを外させたのだ。
宴会で、優一の隣りの席に陣取った中国人とび職の王(わん)職長は60歳、香港出身で手下の職人十名ばかりを統率していた。
「ワンさん、迷惑かけたな」
『林(りん)さん、なんのこれしき、人生色々アルヨ・・・
私たちみたいなアチコチ旅する男の家庭、皆同じネ・・・
私も15年前奥さんと別れたヨ。
その女も今はお墓の下・・
ずっと仕送りして育てた2人の息子と2人の娘は皆独立して、アメリカ、ドイツ、フランス、カナダにいるネ・・・』
「寂しく無いかい?」
『最初はネ・・でもリンさん、モノは考えようネ。
独りぼっちになった、悲しい、思ったらダメヨ!これからまた若くて綺麗な奥さんなんぼでも貰える思ったら、勇気湧いてクルヨ!アソコもビンビンになるアルヨ!(^^)v』
「そうかい、アソコもビンビンか?あははは♪(^_^;)」
わざと自分の離婚を茶化してくれるワン職長の気持ちが嬉しかった。
優一はワン職長を始め、古畑達日本人スタッフ・現地人スタッフの席を廻り、酒を注いだ。
この現場は日本人・中国人問わず強く連携している。
現場での衝突は日常茶飯事ではあったが、その都度徹底的に話し合う中で、相手を理解しようと云う気持ちを常に忘れないように優一は指導していた。
その気持ちは中国人側のリーダーであるワン職長も理解してくれて、【日中合作】と云う一致した気持ちを共有していたのだ。
酒席をひと廻り廻り終えた優一は、外の空気に当たる為、ベランダに出た。
そして中天に登る白い月を見た。
日本の冬程厳しい寒さの無いこの土地ではあったが、
冬空の良く澄んだ夜空に輝く白い月・・・
こんな月を見る度に優一は
懐かしくも、余りにも辛い過去を思い出した・・・
優一の辛い過去とは・・・
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章タイトル: 第4章 聖なる夜に 1975・冬
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優一の辛い過去とは・・・
優一が京都でまだ学生であった頃、一人の看護学校に通う女子学生と恋に落ちた。
身長157センチ 健康的な小麦色の肌と小動物のような黒目がちの瞳を持ち、笑うと白い歯とエクボが印象的な女の子だった。
大学2回生の秋、仲間たちと組んでいたロックバンドが女子学生の学園祭に呼ばれたのがきっかけだった。
多分、互いの瞳が見つめ合った瞬間からその恋は始まったと云っていい・・
学園祭が終わってからも、二人は幾つかの小さな偶然のお陰で繋がり、小さかった恋の炎は徐々に激しく燃え上って行った。
初めての口づけは初冬の比叡山で星空を見た時だった。
夏でも寒い位の比叡山山頂は、
初冬の夜の冷気となれば肌を刺す程痛い・・
けれど、だからこそ空気は澄みわたり、頭上の夜空には無数の星が良く見えた。
そして、凍る程白い月が厳かに煌めいている。
その月と星に見守られて二人の唇は重なり合った・・
その日を境に、二人の想いは更に燃え上がり、
とうとうクリスマスの夜に初めてひとつになった・・
二人にとってこの幸せが 永遠に続くように思えた・・・
その女子学生の名は 藤 瑛子といった。
作品名:夢の途中1(1-49) 作家名:ef (エフ)