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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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朝霧の中で・・・

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恵子の唇がボクの唇に重なった。そして、すぐに離れて恵子はボクを抱き寄せて耳元で言った。
「好き」

そして、今度は大人のあのキスをしてくれた。

こんないい天気、夏の太陽の下で大人のキス。
目は閉じていたけど目の前がオレンジ色で眩しかった。

長いキスを終えると恵子は言った。
「今日は、いつまで一緒にいられるの?」
「う〜ん、夜までに帰れれば大丈夫だと思うけど」

忘れてた。ボクは高校生で恵子は一人暮らしのOLさんだった。
仕方ない、頑張らなくっちゃ!時間作ろうっと。

バスが来た。悔しい事に時刻通りに。
ボクは恵子の手を引きながら乗り込んだ。

バスは空いてた。先客は3人だけ。
僕らは、前後と横に誰もいない二人掛けの座席に腰かけた。

右手に川を見ながらくねった道をゆっくりとバスは進んだ。
恵子とボクは、乗った時に繋いだ手をそのままにしてた。

暫くすると、バスの揺れと繋いだ手の感触でボクのオトコが反応してしまった。
ニッカボッカは余裕があったから、痛くはなかったが・・テントである。

「あら?」恵子が気付いた。
「何で?思い出しちゃったの?」
「違うよ、何か、バスの振動とさ、繋いでる手?感じちゃったみたい」

恥ずかしかったが、隠しようがない。
照れ笑いするボクに恵子は「男の人って、面白いね!」と微笑んだ。
そして、撫で撫でしだした。
「ヤバいよ!」

嬉しかったがまさか、ここでするわけにはいかないし、かと言ってこのまま触られてたら蛇の生殺しだ。

「何か可愛いね、コイツ」
全く、人の気も知らないで。
「そんなことしたら、チャック開けて出しちゃうよ?!」
「・・いいよ、触っててあげるから」

思わず、マジマジと恵子の顔を見てしまった。
「あ、今コイツ、エッチなヤツだ!って思ったでしょ!」
「うん、でもエッチな恵子さん大好き」

前後と横に乗客はいない。椅子の背もたれも充分、目隠しになってた。
でもさすがに・・それ以上は出来なかった。

ボクは恵子の肩を抱いたまま、移り行く車窓を眺めてバスに揺られた。





第四章  東京





程なくして、バスは塩山の市中に入った。

国鉄の塩山駅で恵子は秋葉原まで、ボクは新小岩までの切符を買い駅のホームへの階段を苦労して登った。
だって恵子は右足を引きずったままだったし、ボクは二人分の荷を背負っていたし。

「ゴメンね、重いでしょ?」
「大丈夫・・これ位!」
「ごめんね、私が捻挫したばっかりに」
「でもさ、そのお陰で今こうしてられるんだもん、文句なんて言う訳ないじゃん」

「良かった、そう言って貰えて。有難う」

そう言いながら微笑む恵子は、可愛いかった!

暫くして大月行きの各駅停車に乗った。
やはり夏休みのためか列車の中は混んでいたが、それでも向かい合わせの座席に何とか座れた。

大月駅で下りて乗り換えの東京行きを待つ間、ボクらは駅構内のベンチに腰掛けて休んだ。

時間はもう、お昼近い。お腹が空きはじめてたボクは言った。

「ねえ、ここでご飯食べていかない?」
「東京まで我慢したら、あと二時間は食べられないからさ」
「そうね、もうお昼だもんね。何か食べようか」

「ちょっと待ってて。お店、探してくるから!」

大月駅は小さくて、駅構内に食堂や喫茶店は見当たらなかった。
では、外に出るかとも思ったが、恵子の足を考えるとなるべく歩かせたくはなかった。

「どうしようかな、この際、駅弁でもいいかな・・」と恵子の待つホームに戻りかけた時、ホームの反対側に立ち食い蕎麦屋を見つけた。

「あっちにさ、立ち食いでよければお蕎麦屋さんあったよ!あそこで食べようか」
「うん、そうしよう。お蕎麦は大好きよ」
ザックは、ベンチに置いて行った。重かったし誰も盗る人なんかいないだろうから。

「ハイ、いらっしゃい」
店の中から蕎麦屋のおばさんが、ヤレヤレ・・といった感じで言った。

「あの、天ぷらそばと、山菜そば下さい。あ、おいなりさんも」
ボクは天ぷらそばとおいなりさん、恵子は山菜そば。

おばさんがカウンター越しに恵子を見て言った。
「アンタ、足くじいたの?痛いんなら・・」
潜り戸をくぐっておばさんが外に出てきた。手にはビールケースを一つ持っていた。

「これに座って食べな」おばさんは親切だった、見かけによらず。
「有難うございます。助かります!」恵子は嬉しそうに腰かけた。

「はいよ、天ぷらに山菜、おいなりさんね」
蕎麦は思いの外、美味しかった。天ぷらは舞茸だった。

「おいしいね!」少し驚いてボクは恵子に言った。
「うん、美味しい」

夏なのに熱い蕎麦を二人ですすった。ボクは汗だらけになったが、美味しい蕎麦に満足していた。
恵子は、というと可愛いハンカチで汗を拭きながらゆっくり食べていた。

「ご馳走様でした!」器を返して、ビールケースも・・と思ったら、おばちゃんが「そのままでいいよ」と言ってくれた。
満足したボクらは、ベンチに戻って座って電車を待った。

「美味しかったね。汗いっぱいかいたけど」
「うん、美味しいお蕎麦だった。山菜もいっぱい入ってたし、あのビールケースの椅子も有難かったわ」

恵子はニコニコしながら、シャツの胸のボタンを二つだけ外してパタパタと風を送っていた。
恵子の嬉しそうな顔は、何でこんなに可愛いんだろう。

「何、何か付いてる?私の顔」
違うんだよ、可愛くて見とれてただけさ・・ボクは。
「ううん、なんでもない。嬉しいだけ」
「変なの!」

東京行きがホームに入ってきた。今度も混んでる。
それでも何とか二人掛けを探して座ることが出来た。

ザックを網棚に上げて、駅で買った冷たい缶コーヒーを開けた。
「あと二時間だね、東京まで」
「私は秋葉原だから、お茶の水で総武線に乗り換えるね」

「うん、ボクは新小岩だから恵子さんと一緒に乗り換えて、そのまま行けばいいんだ」
「そっか、じゃ秋葉原でバイバイだね」

二人とも黙ってしまった。多分、思ってる事は同じなんだろうけどそれを口に出していいものか、ボクは迷っていた。

いつの間にか、二人とも寝てしまった。

立川駅に着いた時ボクは眼を覚ました。
恵子は、ボクの肩にもたれてまだグッスリ寝ていた。

暫くそのままにと思って車窓を眺めていたが、中野の駅に着いた時、恵子も目を覚ました。
「あれ、今どの辺?」
「中野」

「そうか、良く寝ちゃった。やっぱり疲れてたのね」
そりゃそうだろう、お互いに。

「あのさ、ちょっと思ったんだけどさ」
「何?」恵子がこっちを向いた。

「秋葉原のどの辺なの?家は」
「秋葉原の駅からね、御徒町の方に少し、五分位かな?歩いたとこにある社宅なの。一応マンションなんだけど高速がすぐそばにあるから、結構うるさいのよね」

そうか、やっぱり言わなきゃ。
「歩くんなら、ちょっと辛いよね、その足じゃさ」
「嫌じゃなかったら家まで送って行こうか?荷物も重いでしょ?」

言ってしまった。
でも次の約束もしないままで別れてしまったら、きっと、いや絶対に後悔するに決まってる。
ボクは、もっと恵子と一緒にいたかったのだ。

「うちまで?」
「うん、ダメかな」
作品名:朝霧の中で・・・ 作家名:長浜くろべゐ