朝霧の中で・・・
「ノブ・・」恵子は何も言わずに、キスしてくれた。
ボクらは、時間を忘れて愛し合った。
終わってグッタリしたボクは、恵子に体重を預けて、ぜいぜいと喘いだ。
「ノブ?」
「ん?なに?」
「私、変じゃなかった?」
「ううん、変って・・なにが?」
恵子はすこし恥ずかしそうにボクを見た。
「わたし・・・最後、頭が真っ白になっちゃった」
「そうか、それってイったって事かもね!オメデトウ、恵子」
ボクは恵子の上から下りて、恵子を腕枕した。
そして恵子は、ボクに抱き付きながら「恥ずかしいけど、嬉しかった」と言った。
「うん、オレも・・・」ボクらはそのまま眠りに落ちた。
夜中にボクは目が覚めた。
なぜかは分からないが、パチっと。
となりでは、恵子がスヤスヤ・・可愛い寝息を立てている。
「頑張るからね、オレ」
恵子の可愛い寝顔に軽くキスして、またタオルケットを被った。
「起きて、ノブ。朝だよ〜!」
「・・・ん?おはよ」
恵子は前の様に身支度を済ませていた。
そして「ハイ、これ」
ボクに鍵をくれた。
「作っておいたの、スペアキー。ノブに渡そうと思って・・・」
「持っててね?!」
当たり前じゃんよ、恵子さん!
眠気は一瞬でフっ飛んだし。
「有難う、恵子」
「じゃ、朝ごはん食べてね?」
今朝は、和食にしたからと恵子は笑いながら言った。
テーブルの上には、ご飯とみそ汁、目玉焼きと納豆がのってた。
「あ、納豆・・・苦手かな?」
「ううん、大丈夫。大好きだから」
「良かった、じゃ、行ってきます!」
寝ぐせでボケボケのボクのホッペに、恵子はチュっとして出て行った。
暫くボクは、ボーっとしてたけど、スペアキーを渡された嬉しさがジワジワと・・・思わずニヤニヤしてしまった。
ご飯を食べて、また洗いものも済ませて、ボクも部屋を出た。
それからのボクは、自分で言うのも変だがまるで別人みたいに変わった。
第十章 受験生
8月に入って、補講は倍になった。
しかも増えた科目は、それまでうっちゃっといた数学に化学、物理、生物だったから、初めて補講に出た日は随分と周りから奇異の目で見られた。
「何で?オガワ、文系だったじゃん!」とか「やっぱ、アレか?!医学部行って、将来、左うちわを目指したくなったのか?」と茶々入れるヤツ等もいたけど、ボクは軽く聞き流した。
だって頑張って結果を出さなきゃ、恵子を不安にさせてしまうからね。
自分が勉強することで喜ぶ人がいるって、こんなにモチベーションが上がるものなんだな、初めて知った。
スペアキーを貰ってから、8月中に恵子の部屋を訪れたのは2回だけだった。
結局、自習のためには行かなかった。
本当は1回行ったんだけど、あまりに寂しくて・・・ね。早々に引き上げた。
会う度ボクらは、その時間その夜だけ受験を忘れて愛し合った。
9月に入りボクは駿台の現役クラスに入り、放課後はお茶の水で過ごすことになった。
そして、10月に学校全体で参加した模試があった。
結果は・・志望校の医大は、軒並み、D判定。ただ一校だけC判定があった。
つまり合格の可能性50%。
「散々だったよ、模試」
「そうなの?全部ダメだったの?!」
いや、一校だけ可能性ありだったけどね・・と茶蕃館でコーヒーを飲みながら、恵子に話した。
「そうなんだ、ノブ、頑張ってたのにね」
「あ、いいんだよ、恵子。今の時期はこの位でさ」
負け惜しみではなかった。正直たった二か月ちょっとの勉強で受かるレベルに達するワケは無いって思ってたし。
それに、唯一のC判定が恵子のいるお茶の水のJ大だったからね!
それを恵子に話したら、恵子も喜んでくれた。
「ノブ、そこ受けなよ、絶対に!」
「二人で毎日、こうして会えたら・・嬉しいな」
「うん、オレも嬉しい。J大、いいね!」
何の事は無い、落ち込むどころか浮かれちゃって。
恵子とは週に一度、こうして茶蕃館でお茶をして、大体、二週間に一度恵子の部屋で愛し合っていた。
勉強はしんどかったけど、それでも段々と楽しくなってきていた。
10月11月と季節は容赦なく変わり、街の街路樹も葉を落とし、受験が近づいてきていることをヒシヒシと感じる頃になった。
そして、12月の共通一次模試。
ボクなりに全力を出し切った。
結果は、8割弱の得点。
つまり足切りラインギリギリだった。
「うん、まぁ、良い調子ですね、小川君の場合」
「夏の頃は、どうしたもんか、と思ってたのですが、悪くはないですよ、この結果は」
「そうですか。でも足切りギリギリですよね」
「確かに、安心出来る成績とは言えませんが、頑張った結果は、充分に反映されていると私は思いますよ」
「このまま、今のペースを保っていければ、合格が見えてくるでしょう」
やった〜!初めて、川端先生に褒められた。
「有難うございます。嬉しいです!」
「では、気を抜かない様に・・来年の共通一次まで頑張って下さい」
良かった、自分のやった事の結果を初めて目にすることが出来た様な気がして。
茶蕃館で恵子にその事を報告した。
「良かったね、ノブ!あとひと月もあるんだから、合格ラインにいくんじゃない?!」
「さすがノブね」
恵子は微笑みながら褒めてくれた。
先生に褒められ時も嬉しかったが、恵子に褒められると・・・その何倍も嬉しかった。
「先生が言ってたよ。共通一次で結果を出せれば、たとえ、国公立は二次試験で落ちても、J大は大丈夫だろうってさ」
「ほんと?本当にJ大にノブが合格したら・・・私、嬉しくてどうにかなっちゃいそう!」
あはは、可愛いんだから、恵子は。
「うん、だからオレ、頑張るよ。自分のためと恵子のため・・オレ達二人のためにね!」
「嬉しい、私も我慢してる甲斐があるのね」
「恵子も我慢してるの?」
いじわるだな、ボクは。
「当たり前でしょ?ノブ!私だって、どんなに毎日ノブに会いたいのを我慢してるか・・・知らないでしょう?」
うそ、知ってるよ、恵子。
「ごめん、言ってみただけ。恵子もボクも我慢してるんだもんね」
ボクはスペアキーを弄びながら言った。
「恵子さ、受かったら春にでも乾徳山、行かないか?勿論、二人で」
「嬉しい。そしたら私、もう捻挫なんてしないからね!」
あはは、二人で笑った。
春には、晴れて恵子と二人で山に行ける。
ただし受かれば・・だが。
受験生は歳の暮れの慌ただしさとは無縁と思っていたが、逆だった。
ジングルベルが聞こえだすと街はクリスマス一色になり、嫌が応でも、もう一年は終わる。
終わったら・・・そう、まず共通一次、受験の本番だ。
見るもの聞くものの全てが、目前にひろげられたカレンダーの様に受験生を追い立てていく。
勿論、ボクも、その一人。
「受験が終わるまで、デートは今夜で最後にしようね・・」
部屋で愛し合った後、布団に腹ばいになって恵子が言った。
「うん、そろそろ・・・かな」
テーブルの上には、さっき二人で食べたクリスマスケーキが少しだけ残ってた。