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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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朝霧の中で・・・

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「そうか・・・大変だね。でもさ、予備校にも顔出したし、補習も変わって、いよいよだね、ノブ!」
ほんとにそうだ、いよいよだ。

「今日ね、あの後、本屋には寄らずに歩いて帰ったんだよ」
「まぁ、どうして?遠いんじゃないの?ノブのおうちまで」

「うん、遠かった。お陰で汗ダクダクでさ、帰ってから水風呂飛び込んじゃったよ!」
「まぁ子供みたいだね、ノブは」恵子が笑って言った。
「色々、考えたくてね」
「それって、私が変なコト言ったから?」

「ううん、違うよ。勉強のコトやこれからの色々なコト考えたくてさ、一人で歩きたかったのかもね」
「そうなんだ・・・」恵子は納得したのか、しなかったのか。
恵子と別れて寂しかったものあったから、とは言わなかった。

「ノブ・・」
「ん?なに?」

「私、頑張って我慢するからね。ノブが一段落するまで」

それまで、弱音は吐かない・・と恵子は言った。

「ボクもだよ」
「ほんとはね、恵子を会社まで見送ってさ、その後寂しかったんだ、すごく」
言っちゃった、黙ってようと思ってたのに。

「会いたいね」
「うん、会いたい。今すぐ飛んで行きたい・・・」

ダメだ・・・会いたいよ、会ってギュ〜って抱きしめたいよ、恵子。

「恵子・・・」
「なに?」
「明後日、面談終わったら、会いに行ってもいい?ボク、それまで必死に勉強するから」
「・・・本当に、それまで、ちゃんとお勉強する?」
するよ、しますよ、恵子さん!

「ノブの勉強の邪魔にならないんだったらいいけど」
「私、医学部の受験勉強のコトは分からないから、ノブの言うことを信じるしか出来ないんだよ?!」

分かってる、ボクも中途半端にウソつくのは嫌いだから・・。

「よし、じゃ、面談終わったら・・・多分、恵子はまだ仕事してる時間でしょ?恵子が終わるまで茶蕃館の地下で待ってるよ。勉強しながら」
「いいの?本当に」
「うん、大丈夫、ちゃんと頑張るから!」
「分かった、じゃ私が行くまで待っててね?!」

やった!会えるんだ、恵子に。
昨日も今日も会ったのにもう会いたいんだから処置なしだ、ボクは。


翌日の川端先生との面談は、しごく簡単に終わった。

「まず公立か私学か、を決めましょう。これは急がなくても結構ですが、国公立を狙う場合、共通一次を突破して足切りにならないようにするためには、最低でも800点は必要です」
「ですので、公立狙いなら今の補講はそのまま続けて、数学と物理、化学、生物を加えます」

「仮に私学に絞るのであれば、君が今受けてる英語はそのまま続けて、現国と古典、社会系の時間を、数学と物理・化学・生物の理科に振りましょう」
「11月までには、志望校を決定した方がいいですね。公立か私学かの選択は10月位でしょうか」

あっさりととんでもない事を言ってくれた。
今の補講に?追加するのか、科目を置き換えるのか・・・。

「先生、どっちが現実的ですかね」
弱気であった。
「私は、君とこうして進路について話すのは本日が初めてですので、即答は致しかねます。今後、君が頑張れるなら公立もいいですし、とても手が回らないという事であれば私学でもいいのですよ」
・・・ま、その通りなんだけどね。

「私は、こう思います。結局、医学部や歯学部とは、特殊な職業訓練学校みたいなものなのです」
「ですから入学と同時に、将来の職業が決定する数少ない学部なのですね」

職業訓練学校か。
確かに、そう言われればそうだ。

「どうです?そう考えれば、気が楽になりませんか?」
「名門だの、難関だの言われたら、誰だって気が重くなってしまうものです。しかし将来の自分の職業訓練のためだとしたら、苦しいのも当たり前ではありませんか?」

大工さんも左官も、料理人も初めの丁稚期間は苦しいものだからとも言った。
その丁稚期間が前倒しになった、と考えろと。

「よく分かります、仰ってる事。つまり受験勉強が苦しいのは、将来その仕事に就く事が分かっている分の苦労の前倒しを納得して・・」
「そういう事です。いいですか、小川君。頑張るのは君です。納得したら迷ってはいけません」
「君は、今回方向転換したのですから余程の覚悟と思います。しかし今後暫くやってみて、やっぱりダメだ・・とは許されませんよ」

そういう人間は、結局、何者にもなれない・・・と川端先生は付け加えるのを忘れなかった。

面談は30分だった、正味。
簡単な遣り取りではあったが中身は重かった。覚悟を問われたんだからね。

仕方ない、頑張らなきゃ!

面談の後、ボクは学校の外に出て、食堂で昼食を食べた。
暑かったから冷やし中華にした。

特に川端先生の最後の言葉が心に残った。
「何者にもなれない・・」

そうだろう、全てが中途半端ではそういう事になってしまう。

来週からは、補講が倍になるのだ。
気合い入れなきゃ!

食後、お茶の水まで総武線に乗った。

茶蕃館は相変わらず空いていた。
また地下に下りて、一番奥のテーブルに座った。

「いらっしゃいませ」
「アイスコーヒー」

恵子を待つ間、ボクは物理の教科書と参考書を開いた。
ゆっくりと思い出しながらではあったが集中出来た。

「うん、面白いな、物理も」

アイスコーヒーをお代わりして、その氷が全部溶けた頃、恵子が声をかけて来た。

「よしよし、真面目にやっちょるね?!」
「お陰様でね、随分と喝入れられたから」

恵子は前の席に座って「私もアイスコーヒーを」と注文した。

正直、恵子が階段を下りてくる足音にも気付かなかった位・・集中していたんだな。

「何の勉強?」
「うん、物理。医学部向けに新たに増えた科目なんだ」
「面白いの?」
「うん、何で?」

「ノブ、真剣な顔でやってたから。きっと面白いんだろうなって思ったよ」
「あはは、忘れてたのを思い出したりしながら、ゆっくりだけどね。やりだすと結構面白いね」

へ〜そうなんだ、恵子はジっとボクを見つめて、言った。
「ノブが集中してる顔、カッコよかったよ!惚れなおしちゃった」
「さすが、私が好きになった人って感じ?!」

これこれ、何にも出ないよ、褒めてもさ。
でも嬉しいな、恵子に褒められると。益々頑張っちゃう・・。

「ノブ、今日は何時間、お勉強したの?」
「え・・と、午前中は英語を3時間でしょ、午後は面談の後、ここに来て・・やっぱ3時間位かな」

「足りないんじゃない?今日の勉強時間」

恵子、いきなり先生っぽいぞ?どしたん?

「ちょっとね、私も調べてみたの。受験生の平均勉強時間を」
「へ〜、どの位やってるの?みんな」

「それがね、驚いたの、平均10時間ですって!」
うそ、全然足りないじゃん、ボクの場合。

「・・・それ、ほんと?」
「うん、そうみたい、世間の受験生達はね。どうする?ノ〜ブ君」

平均ってことは、難関校を目指してるヤツらは当然それ以上なんだろう。

「分かった、ボクも頑張る・・けど、今日は恵子とデートって決めてたんだけどな」
「あはは、分かってるよ、ノブの気持ち。いいよ、その代り今夜だけだからね?!」
「これからは、いっぱい勉強しなきゃ、会ってあげない!」

了解です、恵子せんせ!
作品名:朝霧の中で・・・ 作家名:長浜くろべゐ