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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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朝霧の中で・・・

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「理系、しかも医学部だったら数学も数3が必要だし物理に化学も必要だ。これは国公立、私学を問わずだな」

そう、正に問題はそこだった。

先生は続けた。
「う〜ん、オレも長いこと教師やってるから、多少の事では驚かんが・・でもな、この時期に来て理転か」
「お前、本当に分かってるのか?自分のやろうとしてること。しんどいぞ?!とんでもなく」

「ハイ、無茶かもしれないってことは、分かってます。でも先生・・オレ、医者になりたいんです」
「石に齧りついても!」

先生はマジマジとボクの顔を見て言った。

「良し、お前の決意が本物なら先生も出来る限りバックアップはしてやる。しかし、あくまでも頑張るのはお前自身だぞ?覚悟はあるのか?」
「ハイ!」

「分かった。じゃ、まず理系の勉強始めろ、今日から!そして・・だな、来月末にでも、駿台予備校の理系の編入試験受けてみろ」
「理系クラスのいいとこの尻っペタにでも潜り込めたら、来年の受験に何とか間に合うかもしれんな」

「分かりました。で、先生、駿台って、どこにあるんですか?」
「なんだと〜?医学部受けようってヤツがそんな事も知らんのか!」
「お茶の水だよ、駿河台ってんだから。ちゃんと調べとけよ、それ位は」

なに?お茶の水?!
恵子の会社があるとこじゃんか。何か赤い糸を感じるな・・・。
NSP聞いてた甲斐があったってもんだな。

「おい!聞いてるのか?!」
いかんいかん、思わずにやけてボ〜としてしまった。

「で、どこ受けたいんだ?具体的に決まってるのか?」
「いや、漠然となんですけど、S医大なんかいいかな・・なんて」

「お前の兄貴の行ってるとこか。でも難関だぞ、かなりの」
「はい、分かってます。実は先日、兄に言われて見学に行ったんですよ、大学病院に一日」
「そこで、色々感じてしまって」

「分かった。じゃ、お前はこれから本屋に行け。そして、S医大の赤本と必要な参考書を買え!」
「おれは今日明日中に、理系の進路指導の先生にお前の話をしておくから」

そう、担任の先生は文系の進路指導の責任者だったからね。

「明日の夜電話するよ、おまえンチに。今後の補講についてな」
「有難うございます、先生。頑張りますから、オレ」

「おう、頑張れ!この時期に理転しても頑張れば出来るんだって、いい前例を作ってみろ!」

その通りだ。成せば成る、成さねば成らぬ何事も・・・だ!

言ってしまった、とうとう担任に。

時間は昼近く、太陽は中天でジリジリと焦げるような日差しを街にそそいでいた。

京葉道路を錦糸町駅まで歩きながら、ボクは、高揚した気分とブルーな気分の半々を味わっていた。
確かに決意表明は・・した。しかし実力が全く伴っていない決意なのだからね。

「ま、仕方ないじゃん。頑張るだけさ!」わざと声に出して言ってみた。

耳に赤鉛筆をさして、競馬新聞を読みながらウロウロしてる人たちが増えてきて、駅に近づいたことに気付いた。
そうだ、駅ビルの本屋に寄らなきゃ。

錦糸町の駅ビルの上の階には、本屋があった。
そこでボクは、S医大の赤本と、生物・化学・物理・数学の参考書と問題集を買って、屋上に上がった。
屋上には、小さな子供向けの遊園地があり、その隅の日陰のベンチに腰掛けて参考書を開いてみた。

・・・皆目、分からん!難しい。

ボクはひょっとして、とんでもないことを目指してるんじゃないかと今更ながらに冷や汗が出た。
赤本の英語だけは、何とかなるかなって感じ。
慰めはこれだけだった。

しかし、決めたことは決めたことなんだ。

ボクは本を抱えて家に帰った。
家の居間で昼飯のカレーを食べていると、親父が午前の診療を終えて入ってきた。

「ふ〜、暑いな。こう暑いと患者も来るだけで一苦労だな」
「母さん、オレの飯は?」

「そこにカレーあるでしょ?」
「お、そうか」

親父は黙々とカレーをかき込んだ。速い、やっぱ親父も医者の端くれなのかな。

「お前、医学部受けるんだってな」
カレーを食べながら、ボクの方を見ずに親父が言った。
「うん」
「親のため・・なんて考えだったら、父さんは反対だな」

「どうして?医者になれって言ってたじゃん」

「確かに言った。でもその時、お前は父さんに言っただろ」
「医者だけが仕事じゃない、もの書きだって立派な仕事だ!って」

「うん、言ったよ。でも・・」
「いいか、あの時、父さんは半分寂しかったが半分は嬉しかったんだ。お前が自分の意見をちゃんと言えるようになったのかと思ってな」

春、親父と進路を巡って初めて議論した時の事だ。
確かに偉そうに言った覚えがあったから、親父に言われた事に何の反論も出来なかった。

親父は続けた。
「お前が、一度決めたことを簡単に覆すような男だったら、父さんはガッカリだ」
「前は文学部、今度は医学部・・じゃ、次は何だ?」

グぅの音も出ない。確かに変節したんだから。
ボクは腹をくくって話す事にした。

「聞いて欲しいんだけど、いい?」
「おう、言ってみろ」

「実は、父さんと議論した時から、ズっと心に棘が刺さったみたいで、何か嫌な感じだったんだ、自分が」
「親の敷いたレールには乗りたくないとか、自分の人生は自分で決める・・とか偉そうなこと言ったけど、本当の気持ちは半分位で、あとは出まかせだったのかもしれないんだ」

親父は、カレーを食べ終わって煙草に火を付けた。
「続けて・・」

「うん、その時からずっと悩んでた。オレは逃げてるのかな・・とか、昔から成績優秀な兄貴に対するコンプレックスであんな事言ったんじゃないか、とかね」

そう、兄は小学生の時から優秀で友達もみんな所謂いい子ばっかりだった。
比べてボクは、小学校・中学校・高校といつも「あの小川の弟か」という目で見られ続けて少し僻んでいたのだ、正直言うと。

成績で兄を抜いた事は一度もなかったし、皆勤の兄に比べてボクはズル休みして図書館で読書にふける有様だったし。
そんなこんなも初めて親に話した。

いつの間にか、お袋まで居間に来て座って話しを聞き出した。

「つまりお前は、健一と同じ土俵が嫌で試合放棄したかったってことか?」
「うん、そう言えば言えるかもしれない」

「お前な、親はお前たち二人を比べたことなんか一度もないぞ?」
「な、そうだろ、母さん」

「あら、私はあるわよ。だってアンタは手がかかったもの。健一は楽な子だったのにね・・何でかしら、同じ兄弟なのに」

お袋の論点のズレは、親父もボクも無視することにして、話しを続けた。

「でもね、ずっと悩んでた時に兄貴が電話くれてさ、お前が嫌ってる医者がどんなもんか一度見てみろってね」
「で、兄貴の大学に見学に行ったんだよ、この間」

「それで、どうだったんだ?お前から見た医者ってのは」
「うん、凄かった。カッコ良かったし、一生の仕事なんだって思えた」

ボクは結局のところ、自信の無い勉強で優秀な兄と張り合う道を屁理屈こねて避けていたんだろう。
それをいつの間にか自分の本心みたいに錯覚し始めて、偉そうなことを親父に言ってしまったのだ。
作品名:朝霧の中で・・・ 作家名:長浜くろべゐ