朝霧の中で・・・
だって親父の「ほれ見ろ。父さんの言う通りだろう?!」ってしたり顔が目に浮かぶしね。
それに、文学の勉強や小説家への夢も捨てがたいのだ。
恵子が言った。
「ノブさ、さっき言ってたじゃない?」
「先生達、凄かった、カッコ良かったって」
「それがそのまま、ノブのなりたい姿なんだよ、きっと」
「そうなのかな・・」
「うん、きっとね」
「あ、私、偉そうな事言ってるね、ゴメン。ノブの一生の問題なのに」
「有難う、恵子。恵子にそう言われると、嬉しいな」
「後押ししてもらってるみたいだよ!」
恵子は良かった、と言ってニッコリした。
うん、ボクもすっきりした。
思ってたこと、悩んでたことって吐き出してしまうと楽になるんだな。
特に聞き手が好きな人だとね。
「ボクのなりたい姿か・・・そんなに嬉しそうに話してた?」
「うん、目がキラキラしてたよ?本当に」
恵子は微笑みながら真っすぐにボクを見て言った。
「きっとね、私、ノブがどんな大学行ってもいいと思うの。全力で応援する」
「ノブが真面目に一生懸命に頑張る姿・・少しだけ知ってる積りだから」
その姿を好きになったのだからと。
「よし、じゃ、いっちょ頑張ってみようかな、本気で!」
「うん、頑張って、ノブ!応援するからね!」
もう、可愛い事言ってくれちゃって・・そんなこと言われたら頑張っちゃうじゃん。
「それにさ、お医者さんってエッチなイメージあるから、ノブ、向いてると思うよ?!」
「何だって?」
笑いながら恵子を羽交い絞めにして抱きしめた。
「頑張って、ノブ。ノブならきっと出来るよ!」
抱きしめられたまま、恵子が言った。
恵子に励まされて自分でも出来そうな気になっちゃうなんて、結構単純なんだな、ボクって。
「うん、頑張ってみようかな、医学部」
「私に協力出来ることがあったら言って?何でもするからね、ノブ」
そう言って恵子はキスしてくれた。
「お布団敷くから、ちょっと待ってて」
「二つ敷く?それとも一つでいい?」
二つなんて嫌に決まってるじゃん、恵子さん!
「一つじゃなきゃ、いやだな!」
恵子はまた笑いながら言った。
「あ、もう一つは、親とか友達が来た時用のだからね?!誤解の無いように」
分かってますよ、もう。焼き餅なんか妬くもんか。
一つの布団に、また二人。
タオルケットだけお互いにかけて、部屋の電気を消した。
恵子が話し出した。
「下山中ね、私、思ってたの」
「ん?どんな事?」
「ノブがね、一生懸命に足場とか岩に気を遣ってくれてたでしょ?この人、何でこんなに親切なのかなって」
「抱き抱えて、おんぶまでしてくれて」
「私、そんなに目立つ方じゃないし捻挫する様な間抜けだし・・」
「汗かきかき、必死に支えてくれてたノブが、最初は不思議だった」
「でもね、そのうちに思いだしたの。高校生のくせに頼りがいあるな・・とか、あ、ゴメンね」
「何度も声かけてくれたでしょ?大丈夫ですか?って」
そうだったかも、だって緊張してたからね。
「段々ね、あ、いい人なのかも・・本当に親切な人なんだって」
勿論、ボクは親切でしたよ?!少なくともあの時は下心なんて余裕なかったし。
そりゃ、全く無かったのか?って言われれば・・・ウソだけど。
「あの時の恵子は、本当に痛そうだったし困ってたし、ボクがついててやらなきゃ下りられなかったからさ」
「まさか、あそこでビバークする訳にもいかなかったもんね」
二人で笑った。
「うん、そう。だから私を山から下ろしてくれた恩人、頼りがいのある年下の恩人だったんだね、あの時は」
「それがね、宿に入ってホっとしたのかな。あんなきっかけだったけど知り合えたって事に感謝しだしてたのよ、私」
「先にお風呂入ったでしょ、お風呂で考えちゃった。あんな彼氏がいたらいいのになって」
その頃からかもしれない、ボクを意識しだしたのは・・と恵子は言った。
「だからか・・・」
「え、何?」
「いや、お風呂上がりの恵子がさ、すんごく綺麗で色っぽいなって思ったんだよ」
「だって、お風呂上がって、私、少しお化粧してたもん」
「うそ、すっぴんじゃなかったの、あの時」
「うん、薄く・・だけどね」
恵子は舌をペロっと出した。
「多分ね、ノブを意識してたからだと思う」
そうだったんだ・・薄化粧してたなんて、全く気付かなかった。
「きっとね、あの時はもう、自分をすこしでも可愛く見せたかったんだと思う、ノブに」
「好きになりかけてたから」
「ボクは・・ただ恵子に気に入られたくて頑張ったんだよ、下山はね」
でもボクはボクで、恵子の事がどんどん好きになってた。下山中も宿に入ってからも。
「ね、何で?私のどこが良かったの?」
「うわ〜、可愛い人だな!って思ったのが最初でしょ。山で薬渡した時ね。次は・・お風呂上がりの姿でズキ〜ンときたな」
「じゃ、私のお化粧もまんざらじゃなかったんだ。効き目あったって事だよね!」
「いや、化粧だけじゃないよ、短い時間だったけど、一緒に手を取り合って山を下りて運命共同体?みたいな感じかな」
「だから、思ったもん」
「トモコさんが帰ってきた時、正直ガッカリ」
アハハ、と恵子は笑った。
「私も同じかも。二人で晩ご飯食べてた時、きっと恋人同士で山登りに来たら、こんな感じなんだろうな〜って」
「だからトモコが疲れて酔っちゃって、早めに寝てくれたでしょ?!あの時は心の中で、ラッキーって思っちゃった」
「釘は刺されたけどね」
二人で笑った。
トモコさんの「ボクちゃん襲っちゃダメよ〜ん!」を思い出して。
「でも・・やっちゃったね、宿中に響く位、大胆に!」
恵子が抱きついてきて言った。
「ノブ、約束して」
「受験、本気で頑張るって。私、会えなくても我慢するから」
「恵子は、どの位我慢出来る?」
「う〜ん、自信ないけど、我儘は言わないようにする」
「それに年上の彼女としては、恋人の足だけは引っ張りたくないもん!」
困った・・・自信無いのはボクの方だ。
だって昨日からこっち、ずっと好きな人と一緒にいて、こんなに居心地のいい時間は初めてだったから。
昨日今日と一緒にいて、ボクは自分でもビックリする位恵子の事が好きになっていた。
自分の事をこんなに一生懸命に話したのも初めてだったし、こんなに合う人も初めてだった。
勿論、今までにも誰かを好きになった事はあったしデートして喜んだこともあったが、恵子との時間は、そんな前の恋愛とは全然違う充実感と喜びを与えてくれたのだ。
つまり、ボクも恵子も、やっとお互いに「大好き!」って言いあえる恋人と出会えたのに、ボクはこれから受験勉強にまっしぐらって事。
死に物狂いで頑張らなきゃ、医大なんて合格するわけないじゃん!
「ノブ、何考えてるの?」
「うん、勉強の比率と、恵子との時間の比率、配分かな」
「もう、さっき言ったでしょ?私は我慢出来るから、ノブは勉強に集中しなきゃ」
分かってるよ、そんなこと。でもさ、コトはそれほど簡単じゃないんだな。
「ボク、明日学校に行くよ。そして担任に相談してみる、進路の変更について」
「え、夏休みなのに先生、いらっしゃるの?」