はちみつ色の狼
24 B for Black.
月曜日の朝。
別名『ブラックマンデー』の朝。
頭は休暇モードに突入していた為か、顔を洗い着替えてからも欠伸を止める事が出来なかった。
それと同時に構内も、昨日の緊急演習の人員発表会から一転静かなものであり。
噂の護衛は昼過ぎからだと言うことで、一昨日や昨日のような騒がしさは全くない。
そして昨日の今日とはいえ、誰が本日の”任務”に同行するのさえ知らないのが現実である。
時間帯はともかくとしてその任に付く者に昨日のうちに、誰が行くとか何時に行くなんかを言ってしまったら、万が一でも仲間の奪還を狙うテロリスト達に知れ渡る可能性も出てくるのである。
詳しくは知らないが、汽車での犯人の送致らしい。
車の方が安全上、狙われやすいと言うことで民間の交通機関である汽車を使用するとの事である。
ジャンとしては、狙われにくいかも知れないがもしもの時は民間人に被害が及ぶ可能性があり、あまり承知できるようなものではなかったが何しろ中央の上が決めた事でエリシア大佐も不請不請ながらも首を縦にするしか無かったようだった。
欠伸をしながら、ジャンはトントンと自分の背中を叩く。
何でもない作業ではあるが、肉体労働というのは背中に来るのは確かである。
エレノアから休みを返上しろと言われてから、実際には”自分がやらなくてもいい”作業にそれも隊長として借り出される。
その殆どが肉体労働の類。
昨日はあの騒ぎの後に自室に戻り机を見ると、「辞令」。
朝から、『水道管の補強作業の手伝い』。
昼からは、『保管書類倉庫の整理』だの・・。
べっつに、今やることでもないっちゅうの!!!ってな仕事がエレノア自らの達筆でしたためられていた。
水道管の補強の手伝いは、(元来肉体仕事好きなジャンには)思いの他スムーズに行ったものの、書類を外で虫干しや古い本の整理なんかは班の中でも文書に精通した者に任せてしまった。
・・どの本が、どれくらい古いかなんて全く検討もつかない。
自分よりも低い位の軍曹や准尉に顎でこき使われながらも別段怒りもせずに用事を済ませることに成功した。
正直、知ってる奴がそれをやり言われたとおりにすることが一番作業の効率がいい。
その後は、もちろんみんなで飲みに行ったのは言うまでもないが。
まぁ、その性で休日モード専用の欠伸がでるのかもしれないが・・。
もう一度くらい欠伸でもするか?と思いながら両手を上に上げて伸びを仕掛けた瞬間、右前方の部屋の扉が開き人が出てきた。
「あ・・・、」
ジン・ソナーズ。
その人は、眠たそうな顔で部屋から出てきた。
白い白衣に、黒いシャツ。
そんなシャツ、軍の補充品にあったか?
一瞬そんなしょうも無い事が頭を浮かんでは消える。
上方部へと伸ばしていた腕をゆっくりと下ろしながら、まだジャンには気が付いていないジンへと挨拶をする。
「おはよ〜ございます、」
「・・っ、」
突然の声を掛けられたことでびっくりしたのか、ジンはびっくりした表情を浮かべていたがすぐに表情を元に戻して小さく「おはよう」と呟いた。
「・・なんすか、その顔。」
「その顔ってどんな顔だ?」
「めちゃ不機嫌で疲れてますって顔っ。」
その言葉に、目を細めてジャンを睨むジン。
疲れのためなのか、白い顔がいつもよりも青白くそして気のせいだろうかいつにも増してあの匂いがする。
・・それに、そんな目をしても怖くなんてない。
魅力的に見えるのが関の山。
なんて事を、本人はわかっているのだろうか?
ジャンは、そんな事を一人思いつつその魅力的な視線をやり過ごし、ジンの次の言葉を待っていた。
「・・お前らとは違って代わりがいないんだ、休みはない。」
「知ってますけど・・。」
「・・・」
医務室に休みがない事をしらない人間が今いないはずが無い。
テロリストだかなんだかの護送かは知れないが、毎日のように出勤して来ている先生の顔を見て、申し訳無さそうにしているのはみな一緒である。
それも、あの事故以来ここで働き休みらしい休みも殆どないであろうし。
本人から言われるまでもなく知っているし、もし今日から連休でジャンが休もうが先生は仕事であろう。
まぁ取り合えず話題をふっておくか?とばかりにジャンは話を続ける。
「そういえば、以前の市場でのあれは、」
「あ、あれは・・、」
「先生、俺先生が暇だなんて一言も言ってませんし、それに・・・。」
ジンは、自分は休みがないと言ったその言葉尻を取られた事で少しむかついたのか、否定の言葉を口に出そうとするがそれをジャンの一言で止められる。
「もし新しい家決まったんなら教えて下さいよ、引っ越し祝いでも持って行きますから。」
未だに続いているその言葉に、ジンは目を真ん丸にしてジャンの顔を見た。
その顔を見て面白そうに笑うジャン。
そしてそれを怪訝に見つめるジン。
「・・・・、」
「なんで知ってる?って顔っすね。」
そりゃあ、そうだろう。
俺がもし、先生でも同じような反応をしたかもしれない。
ただこの後の言葉は、どうかと思う。
「・・ストーカーか?」
「ちょっと・・・人聞きがものすごく悪っ!」
思わず、周囲を見回してしまうジャン。
だれが聞いているわけでもないが、本気で人聞きが悪い。
ジンは、慌てた様子のジャンを見て勝ち誇ったかのように、腕組を始めた。
「言い訳があるのか?」
「い、やっ、俺の知り合いがスナイデルであんたを見かけたって言うからっ・・・。」
「へぇ・・、」
「ちょっと、ジャン・シルバーマン、腐ってもストーカーなんかはしません!」
ジャン・シルバーマン、ストーカーなんて器用な事はできない男。
どうせなら、直球で勝負しますよ。
焦っているかのような言い方に、ジンはどうだかな?と言いながらにやりと口元を上げて悪魔のような笑いを浮かべている。
ジャンもその表情にかちんと来て、もう一言おまけに言葉を続けようとしたとき、・・
「少尉!!!!」
な、なんだ?!!
言葉は遮られびくりとあまりに大きな声に身体を振るわせるジャン。
想像だにしていなかった大声で呼ばれると、なんでだろうか条件反射で人間はびくつく。
悪い事をしたわけでもないのに・・・。
その声の主を発見しようと背後へと振り返ると、普段そんなに袖を通すことなんてない軍の正装に身を包んだリードが息を切らせながらもキラキラとした瞳で近づいていていた。
平常から冷静な表情しか浮かべないと思っていたリードであったが、今の彼は何故だか興奮気味だった。
黒い髪の毛を少しだけ揺らし、肩で呼吸をしている。
「・・!?リード?」
ジャンは、その様子に首をかしげながらも少し苦笑を浮かべてリードの瞳を見つめた。
一方リードはと言うと、ジャンの背後にいたジンに一度だけ軽く挨拶をする。
それによってリードの登場で忘れかけていたジンの存在を一時的に思い出したが、その後のリードの行動でまたもやジンの存在は遠くへと消え去っていた。
急にぎゅっとハグをされるジャン。
その力強さは、リードの優男的なイメージとはかけ離れた力強いものであった。
「はっ???!」