はちみつ色の狼
男にそれも後輩に、飲み屋で軽く酔っ払ってだったらまだしも、こんな往来の廊下でされるとはジャンは驚きで声が裏返った。
すぐさまその抱きしめ攻撃は解かれたが、ジャンは一瞬戸惑っていた。
な・・・・、なんじゃ?
「僕、実は今日の任務に選ばれたんです!本当は昨日のうちにシルバーマン少尉にお伝えしたかったんですがさすがに、あの俺、すごく感激でっ」
矢継ぎ早に口から出る言葉に、先ほどまで戸惑い顔をしていたジャンは苦笑いをした。
この男よっぽど本気で嬉しいのだろう。
「よかったじゃねぇか!!!!」
「ありがとうございます!!」
ジャンの言葉の後に、リードは深々と頭を下げていた。
礼儀が正しい男である。
なんだか、自分で誰が適役かをルイスに言ったからなのかなんだか変な気分である。
確かにリードを推薦というか、同僚であるルイスに押しはしたものの、それで決まる訳でもないが少し気分がいい。
自分の見立ては、あながち悪くはないと言うことである。
「少尉!頑張ってきます。」
「ああ、頑張って来い!あんまり無理はしないようにな。」
「ええ。ただ・・、」
ただという言葉の後に、リードの顔が少し曇った。
ジャンは心配して尋ねる。
「・・ただ、どうした?」
「ただ、親友のシドは自分が選ばれなくて昨日はしこたま飲んで今日は二日酔いでダウンなんです。今日は休みを貰うとか言ってました。」
「・・なんだ、そんなことかよ。」
「まあ、彼も本気でこの演習に選ばれたかったみたいなんですよ。残念だったけど、中央のお土産で手は打ちましたが。」
先ほどの興奮はいつの間にか醒め、今から実戦に行くにしてはかなりの落ち着きで、友人の心配までしているリードを改めて、冷静沈着な男だなあと感心してしまうジャン。
自分にこの冷静さが有ればもっと楽に出世をしているような気がする。
リードは、ジャンへと報告を終えたことでもう役目を果たしたと感じたのだろうかそのまま失礼しますっと一礼とし、その背後にいるジンにも深々と礼をすると口元にまた微笑を浮かべて歩いていった。
「・・ほう、彼が護送の任務につく新人隊員か?」
最初に話し出したのは、ジンであった。
別に自分に関係の無い会話だったのだから席を外すとか、勝手に仕事に戻るとか出来たはずなのに彼は静かに二人の会話の邪魔をすることも無くたっていた。
ちゃんとした人だなっと、ジャンは思う。
ジャンはリードの後ろ姿が見えなくなるのと同時に、ジンの方へと振り返ると頷いた。
「えぇ・・、そうみたいですね。」
「なかなかの好青年だな。」
ジンは、先ほどの不機嫌な表情よりも少し落ち着いた爽やかそうな顔をして同じく、リードの後姿を見送って居たようであった。
「そうですよね。」
「お前とちがって・・・。」
「・・はぁ?」
「じゃあ、俺はお前みたいに暇じゃないから医務室にかえるよ。ストーカーもできないシルバーマン少尉。」
ジンは、組んでいた腕を離してリードが去っていった方向へと歩き出した。
一応、背後でまたカチンと来ているジャンへと手を振りながら。
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暇人だと??
おいおいおい、
人の事を暇人だのストーカーだの好き勝手言ってたな、あの人・・なんかムカつく。
まあ、一言で言うと暇に見えても仕方ねぇけどさあ。
あんなとこでフラフラとして、後輩と喋ってたんだし。
で〜も、あの言い方は無いと思うぞ・・・、あれは俺らを見下した言い方だ。
・・あ、いや俺だけか・・。
まぁ、前の先生達が3人でこなしてた仕事を一人でこなしてんだから、正直確かにすげぇわ。
でも俺だって一旦、戦地に出たらまあまあ評価されるし、ただ戦争を願うほど沸いた脳ミソもしてないつもりだ。
元来俺は仕事人間じゃないし、休みはちゃんと取るほうだし。
あの人こそ、人に暇人言ってる場合じゃなくってさっさと休みなりなんなり取って休息するべきじゃねぇのか・・。
ったく、自分の体くらいちゃんと出来なくて医者が務まるかってえの。
・・・勤まってるように見えるから、まぁたこれがむかつく。
ああああ、くそっ、あの人、・・疲れた顔してたな。
大丈夫かな、 ジャンは瞳を閉じて机に突っ伏し頭をがんとぶつけた。
ジャ・・、
ジ・・・ン
???
「ジャン、ジャンってば!」
「!!・・な、なに?!」
最初は薄ぼんやり、遠くから聞こえてきていた聞き覚えのある声。
だが、急に耳を引っ張られるような痛みと共に机に俯いていた顔を声のする方向へと向けるとそこにはルイス。
視線をあびたルイスはジャンの耳から手を離すが、その眉間には皺が寄り真っ直ぐにジャンを見つめている瞳はなんだか痛い。
「話は聞こえてた?」
「はなし?」
正直、名前が呼ばれている部分しか聞こえてはいなかった。
ジャンのキョトンとした顔を見たルイスは明らかに呆れている。
ジャンはルイスに因って強く引っ張られていた耳をゆるゆると触りながら、心の中でこいつ物凄い機嫌が悪いと思うしかなかった。
「あ・の・ねぇ、なんか言ったぁじゃないよ。お前の十数分にもわたる非常に愉快な百面相のおかげでみんな怖がって仕事が手につかないみたい何だけど。」
さっき迄のただ顔だけをルイスに向けているのとは違い、身体ごと起き上がって周囲を見るとルイスの言っていた通りに皆が一同にこちらへと注目をしていた。
カールに至っては、何に必要なのかも知れない重そうなファイルを何冊も手にしながらハンサムな顔の真ん中に皺まで寄らせて心配をしている。
心配?
腑に落ちないが。
多少なりとも、心配させたことは心苦しい。
「・・ごめん。別に・・・心配されるようなことじゃないんだよ。」
「そんなこと、わかってるよっ」
ジャンの最後の言葉に重なるように素早い応対。
ルイスはそうながらため息を吐き出した。
そして、腕をゆっくりと組むとジャンの机に勢い良く座り、上から目線でいる。
ジャンはそんなルイスを自然と見上げる形になる。
「お前のそんな顔はどこぞで知り合ったどでかいボインの金髪の可愛コちゃんをどうやって口説こうかって悩んでる時の顔だ。」
ある意味近いが、ハズレだな。
「そうやって悩んで付き合ったって、すぐに貴方は仕事ばっかりで私の事を考えてくれないのね、とかなんとか言われて破局だぞ。考えるだけ無駄。 」
いや、長年の付き合いからしてその読みはあったてらあ。
うっわ、へこむ。
それが答えじゃないけど痛い所突かれたわ。
渇いた笑いしか出なくなって来たジャンに軍曹が寒い雰囲気に嫌気が差したのか、あっそう言えばと口を開いた。
「なんだ軍曹?」
その話は今すべきなのかい?と冷たい視線をジャンから軍曹に向けるルイス。
ジャンは標的が自分では無くなった事を良い事に大きく息を吐き出して笑顔を振りまく。