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はちみつ色の狼

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小さな丸イスが数脚あるだけでこの場所にイスやテーブルが無いのは、殆どの人間がこの場所では食事は取らずに作った物を部屋で取るのが当たり前になっているからでもあるし、それだけのイスとテーブルが入りきるスペースがないということもあった。
一応、この部屋の横には同じく共用スペースでビデオ機付きのテレビが備え付けられた娯楽室なるものがある事はあるが、硬いソファが5列ほどそのテレビの前に並んだその状態ではゆっくり食べることも出来なかった。
普段であれば人と人がぶつかるくらいにごった返している筈のこの場所も、もうすでになのか、そこには人の気配が全くしなかった。
がらんとした室内は、人の温度が無いためか心なしか、いつもよりひんやりしている。


ふ〜む。


ゆっくりとキッチンへと足を進めていくジャン。
指先で剃ったばかりの自分の顎の感触を確かめながら、頭を回転させていた。
シャワーも浴びて、服も新しい(と思われる物に)着替え少しばかりこぎれいになったのだ、ここは頭の中もリフレッシュと行きたい。


「・・・なんか、食べるもんはっと。」


頭はリフレッシュされたどころか、考えることは「腹が減ってはなんとやら」・・・。

タイルで仕上げられた床を踏みしめながら、ジャンは冷蔵庫の元へと歩いていく。
確か、この間買った食パンが冷凍庫の中にあったような、そんな気がしてジャンは目の前にある冷蔵庫の上の段を開けた。
冷たい冷気がシャワーでほてった身体を包み込む。
気持ち良いを通り越して、少しだけ肌寒さを感じた。

確か、一番上の段の・・・・、右。
手を右へと突っ込む。
普通であれば、その先には冷凍されて変貌を遂げた食パン入りのビニール袋ががさがさと指先に当たるところが、


「・・・?どこだぁ??」


指先ではたよりなく、ジャンは自らの顔を少しだけ自らの腕で出来た食品群の隙間へと押し込んで覗くが、ベーカリーの安っぽい黄色いのビニール袋が出てくる事はなかった。


「う・・・・ん。」


こりゃ、誰かが食べたか、俺の探し方が悪いのか・・?

としか思わずに入れないのだが、今は腹がすきすぎて何も考えられない。
そのまま捜索活動を再開させて、自分の物があったはずの場所にある何かを引きずり出した。
冷凍庫の中に何時から入れたのかさえも忘れてしまったような冷凍食品。
ビニールの端をゆっくりと引っ張り出して見るとそこに書かれた、『ゴールデンバッド社・ハッシュドブラウン』の文字。

ジャンは、一瞬それを見ながら首を捻った。
はて・・、食パンを保存しておいた筈がいつの間にかハッシュブラウンの冷凍食品の袋に化けた。

誰かと共同で使うのだから間違っても仕方がないが、少尉の持ち物を荒らす奴はどいつじゃいっ!と暴れた所でその本人はが居なければ馬鹿丸出しなだけである。
ジャンが士官学校生や、軍曹の時にはやたら切れたり中には食パンにマスタードを仕込んだりイタズラを仕掛けた物だった。
だが今はもう年齢も年齢と言うか、朝が早すぎてジャンは虚ろな目をゴシゴシと擦りながら、そこら辺にあるでかい皿を取り出した。
まあ、冷凍の食パンをそのまま焼いてかじるだけよりは、『ゴールデンバッドのハッシュドブラウン』の方が、数段マシであるのは事実である。
切れ難そうなナイフを流し台に置いてある籠から取るとそれを使い冷凍食品のビニールを無理やり破く。

開いた袋の口からカランと固そうな音をさせて勢いよく皿に転がり込むポテトたち。
結構入っていた袋の中身をすべてを開けて、ジャンは袋の裏面へと目を通す。
そこに書かれた文字は、3。
それがどのくらいのワット数なのか、どのくらいの分量で、「3」を示しているのかはわからないが、とりあえずはその数字に従うまで。


「3分・・・ね。」


そして、そのままの勢いに任せて台所の壁際にあるレンジに皿を入れて数字の3へと矢印を回し、手じかにあった丸イスをレンジの前へと片手でひょいと運びそこへ、どっかりと座る。
回りだしたレンジの中身。
赤い光が、ポテトを照らしだす。


腹減ったな。
よく考えたら昨日の夜のサンドイッチなんて只の間食。
この体が持つわけねぇか。

ジジジジと矢印がゆっくりと0へと近づくべく回っていく。

ジャンは、どっかりと座った割にはそのイスは低かった。
目の前の調理台はジャンの目の位置よりも高い場所に存在し、待っている間にその上へと両肘を乗せてみようとするがそれはかなうことはない。
その状態が少しだけ悔しくて、やっとの事で肘を乗せたが顔の位置が丁度台の位置に来る為に意味を成さない体勢。
少しだけため息を付くとジャンは肘を台から下ろそうとした。
そして、それと同時に目の前のレンジはチンと鳴り響いた。



「・・はいはい、わかってますよん。」


椅子から立ち上がり、レンジの中に入ったポテトを取り出そうとしていると、背後の扉が開かれた。
ジャンは、ポテトの皿を横目でちらりと見る。
レンジの扉を開けた途端白い湯気が飛び出し、熱さを物語る。
ジャンは熱いのに気をつけながら皿を器用に取り出すと、同時に扉へと注目をした。

ガタンと言うこの誰もいない静かな部屋には少しだけ大きな音が響き渡り、開かれた扉。

そこからひょっこりと見知った奴が顔をだす。


「ルイス??」


開いた扉の中にすぐに入ろうとしないルイス、彼は赤い柔らかそうなパーマのかかった頭だけをひょこっと扉の中に突っ込んでキッチンの様子を見回しているようだった。

変な・・やつ。

もとからそうだとは知ってはいたものの、その現場を見てしまうとジャンは皿を持ちながら首を捻るしかなかった。
そのうち、ルイスはジャンに気が付いた様でいつもの人懐っこい笑顔を浮かべると小走りに寄って来た。

気が付かない方がおかしい。
この部屋の中には、どう考えてもジャン一人で周囲に気を配る必要もない。


「おっはよ〜、ジャン。」
「ルイス・・・、おう。」



何はともわれ同じ班なのに久々に会った気がする。

ルイスを見て第二印象として、(第一印象は変な奴だが、)そうおもった。
それもその筈、ルイスは副として動いていて少尉の仕事らしいものはこっちに任せて体力を使わないデスクワークを中心に行っていたからだ。
まあ人それぞれむき不向きがあるのは知っている。
ただルイスも、そのデスクワークを溜め込んでいたように見えて、目のしたに熊が黒々と見て取れた。


「くま、」

ジャンはそう一言呟く。

「くまぁ?」

ルイスは、ジャンの視線が指し示す場所を指で触って確かめているがいまいち場所が定まらない。
ジャンは「はぁ」と一つため息を吐き、自分の目の下を指差して言う。

「目の下。お前、仕事貯めてた?」
「ああぁ?君と一緒にされるとムカつくよ、ほんと〜に。」
「へいへい、悪うございました・・・、」
「でも、昨日の場合は君の思ったとおりに仕事を溜めててね・・、」


なんだ、それ!!!俺あってんじゃんか!
話は続いていくので突っ込みはしないが、心の中で大いに突っ込みを入れながらも、ルイスの話に耳を傾けるジャン。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央