小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

はちみつ色の狼

INDEX|84ページ/101ページ|

次のページ前のページ
 

小さな鳥が鳴きながら庭の芝生へと飛んできたり、その鳥が逆に飛んで行ったり。
街中のこんな場所でこんなのんびりとした気分になるのはとても楽しい。

ジャンの最初の勤務地というよりも、士官学校の場所があったのが中央部であった。
あの場所はいつもすべてが動き出す、発信地の場所、中央部。
街は大きく、多分一度すれ違った人間とは一生会うことはないだろうと思えるほどの大都会。
士官学校の場所も軍施設も街の外れの海の近くにあった。
船関係の仕事をする人間や、漁師。
軍隊の海軍の基地もほんと数キロの場所にある。
賑やかで、活気のある。
だけど、こんなにものんびりとした気持ちになる場所なんてなかった。

・・・でもなんで、こんな事考えてんだ俺。

今そんな事を考えてるときでもないと自分で突っ込みを入れていると、いつのまにか見つめられていることに気が付いた。
じっとジャンを見つめる見透かすような綺麗な黒い瞳。
その少し人よりも大き目の黒目部分がジャンを写している。
少しだけ静まっていた胸の痛みが復活しそうな予感がしながらも、ジャンは自分の目の前で両手を組んで視線を絡ませた。

「なんですか?」

ジャンは思わず唾を飲み込み、口を開く。

「・・・お前、・・ほんと凶悪な顔してたぞ。」

な、なんの事だよ?!
少し話の筋が読めないで、一瞬頭がパニックになるのを感じる。
顔を少し強張らせてジャンはいつの事なのか聴く事にした。

「・・・いつっすか?」
「さっき、大男の腕捻り上げてたとき。」
「あああっ」

それはもしかすると市場での。
ジャンはぱっと顔を明るくして、納得が行った様に手をポンと叩いた。
でも、ちょっとまてよ、

「凶悪って、そんな怖い顔してました・・・?」

ジャンは、組んでいた手を素早く離すと自分の顔に触りながらたずねる。
普段からそこまで凶悪な顔を自分ではした事が無いつもりでいたものだから、実際凶悪な顔だったと言われてもわからない。
垂れ目を吊り上らせたり、への字口でもしていたのか?
ジンはその様子を面白そうに見守っていたが、すぐに口を開いた。

「凶悪と言うか・・、狂犬というか・・。」
「・・わん。」
「うちで飼ってた犬に、ほんとそっくり。」

喜んで良いのか?それは?
ジャンが本気で複雑な顔をしていると、ジンは自分の紅茶を一回啜りながらはははと声を立てて笑う。
犬に似てても素直に喜べない自分がいるのが正直なところであるが、その笑顔を見たら自然とジャンも笑顔になっていた。

ジンの笑いも少し収まり、飼ってる犬の犬種の話題も終わったところで、ジャンは目の前のミートパイに食い付いた。
パイはまだ暖かく溶けたチーズが飛び出してくる。
塩コショウとスープで味付けられたひき肉と玉ねぎが柔らかく味が染みてうまかった。
キラキラとした瞳で周囲を眺めているジンの横顔を見る。

東部から西部に急に転勤が決まって、不安はないんだろうか?

パイを2口食べたそのとき、ジャンは頭に浮かんだ一つの疑問をなんの気無しに口に出した。


「このまんまいつまでも西部にいていいんすか?つうか、東部は大丈夫なんすかね?」
「ああ?東部?」


ジンの難しい顔と閉ざされた唇で、その質問の答えを避けたそうな印象を受ける。
そんな激しく不機嫌としかいえない顔を見て、首をひねる。
でもそんな事で、尋ねたいことはすべて尋ねてすっきりしたいジャンはめげる事は無い。
持っていた歯形の付いた小さなミートパイを口の中にほうばり、机の横にある紙ナプキンを一枚取りそれで油にまみれた手を拭きながら、たずねる。

「大佐殿でしょう。」

その言葉にぱっと顔色を変えるジン。
そして、少しだけ睨みつけるようなしぐさも見せる。
なんだ??この反応は?


「大佐でも、待っている人間が居るわけでもなし、別段支障はないよ。まあ、ここの人間に嫌われて帰される事があるかもしれないけど。」


自由もないし。と最後にぽつりと呟かれるが、そんなことはないだろう。
大佐なんて人種は、うちの西部では忙しそうに働いている人が殆どであるが、中央や北部なんかの大佐は遊んでてもやっていけそうな位に給料ももらっているだろうし、ちやほやされて何ぼだろう。
ゴマすりをしてくる人間が一杯いるだろうし、面倒くさい事は多々あるとしても待っていない人間はいないだろう。
それともよっぽど、東部に嫌な思い出でもあるのか?
コーヒーを啜るジャン。
まあ、ここの人間に嫌われてという部分は今更東部に帰るってなったら最近出来上がったファンクラブから居てくれと署名運動でも起こる可能性さえあるのでありえない。
ジャンはそう考えながら静かに首を振り、皿に乗ったもう一つの大きなローストビーフのサンドイッチを手に取った。
目の前のジンは自分の大きいカップを両手で包み込むように持ち少しだけ俯きながら微笑む。


「シルバーマン少尉は、俺にあっちに帰って貰いたい人間の一人だろうが、我慢してくれよ。」
「・・はあ?」
「ん?」


ジャンはその思いも寄らない言葉と、笑顔に動きを止めた。

何をおっしゃってますんですか?

ジンの言葉の意味を反芻しようとしているのだが、上手く頭が働かない。
まん丸に開かれたジャンの青い瞳に、ジンはその驚いたような瞳の意味が解らないようでもう一度短絡的に尋ねる。


「・・・だから、お前俺が嫌いだろ?」


持っていたローストビーフサンドイッチがボタリと音を立てて落ちる。
そしてそのままあんぐりした口。
おいおいっと慌てながら、ジンがそのサンドイッチを手早く空の皿へともどす。


「はあ?何を訳のわか・・・っ」


そのままガタンと大きな音を立てて立ち上がり少し大きな声を出すジャン。
周囲の人間は何事だ?とばかりに視線を送るが、ジャンはゴホンと一つ咳をしてそのまま座る。
そのまま小さな声で呟くように言う。


「な、なんで、そんな意味わかんねーし。」
「お前のさっきの質問からもわかるし、それになによりお前の顔。」


ただの疑問でしょう、それに顔だぁ?
少しのいらつきを感じながら、ジャンは頭をぼりぼりと掻く。
どんな風に思われてるかは知れないけど、顔で決め付けられるのはなんだかむかつく。
それに俺は気になりはしても、嫌いなんて気持ちは全く無い。


「・・・俺、正直嫌いな人間をお茶に誘う程、人間出来てないし。」
「 へえ。」


ジャンの言葉に今度は、反対に丸い瞳で驚きを表現するジン。


「意外そうな顔。」
「別に。」
「つまり、」
「嫌いじゃないなら、そんな質問はするな。」
「はい?」
「俺は、今の仕事が気に入ってるんだ。」
「わかりましたよ・・・。」


ジャンは、顔を顰めながらジンによって皿に戻されたサンドイッチを手に取りなおした。
が、当のジンは中庭へと視線を向けている。
なんだよ、この気難しい男。
ただの質問でこんなに面倒くさい。
それか本気で東部に帰りたくないのか?
なんだかこんなに嫌がられていると逆に聞きたくなるのが人情だろう。
とりあえず手の中のサンドイッチを大きく一口。
肉とピクルスが上手く具合に口の中で混ざり合い、ジャンの顔を笑顔にさせる。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央