はちみつ色の狼
今は4名ほどの客が思い思いの時間を過ごしていた。
ソファの席にカップル、カウンターに程近い席に一人の女性が足を組んで座っている。
一人は、裏庭側の席で新聞を読んでいる若い男。
どこの場所にするか?なんて男同士で何を考えてんだと思われがちであるが、このカフェにきたら選びたくなるのはしょうがない。
正面には窓一つないが、左右それに店の裏手には大きな窓の外にはそれぞれに綺麗な緑がひろがってる。
裏なんて、たぶんこの辺の建物の主の共同の庭なのだろう。
芝生のパッチに大きな木が生えている公園みたいな大きな空間が広がっている。
そういえば、この間来た時は2匹の猫がすぐそこの芝生に寝そべって日向ぼっこを楽しんでいた。
二匹は、黒のすっと姿勢のいい猫とふさふさの毛の三毛猫。
だが今日は日向ぼっこをするには暑すぎるからか、猫達は姿を現しはしない。
「どこがいいっすか?」
足を進めるジンの後ろから進んでいくジャン。
何度か来たことがあるので、どの席が良いと言うこだわりはない。
しいて言えば、窓際。
明らかにジンの足は裏庭に近い大きな窓の前の席へと向かっているのがわかる。
大きな窓の正面に位置するその席には太陽の陽が降り注ぎ明るく光っているように見える。
一見暑そうに見えるその座席。
ジャンのお気に入りの席でもあった。
「ここはどうだ?」
「・・いいんじゃないっすか。」
暑そうだからと断る気持ちは毛頭無い、返事を聞く前からさっと着席をして嬉しそうに外を眺めるジンは、正直なんだかおもしろい。
子供みたいな人だな、この人。
多分本人が聞いたら怒るんだろうな?と思いつつ、自分も彼の正面の席へと腰を下ろす。
ジャンの席は丁度、太陽の光が背中から差しそこまでまぶしい事はなかったが、正面のジンは眩しそうに目を細めている。
「日差し・・・、」
「ん?」
「眩しくないっすか?日差し。」
「ああ・・・、大丈夫。曇りで寒いよりはいいよ。」
その言葉の通り、細めていた瞳を少しだけ開けて視界を芝生に移すジン。
机の上に頬杖をつく彼の姿は、なんだか絵になる。
白いシャツが日の光でもっと明るく照らされて透けて見えているような気持ちになる。
「・・・なんだ?」
そこまで長いこと見つめている気持ちは全く無かったけど、ジンはジャンの視線に気が付いたのか芝生を見ながらも呟いた。
「い〜え、何も無いっすよ。」
ただ、見ていて飽きない人が目の前に座っていると見てしまうのも仕方がない。
席に着くと数分で、コーヒーと紅茶が運ばれてきた。
先ほどの彼女が銀のトレイに乗せてくる。
机に載せられる紅茶のカップにしては大きめのマグカップに、アイスコーヒーのグラス。
赤いかわいらしい大皿にもられたのは、ミートパイにサンドイッチ。
彼女の手はトレイに乗ったもうひとつの皿も机に載せようとしていた。
「それ、頼んでないけど?」
「これは、おまけよ。」
ジャンが指差したのは、赤い皿よりも一回り小さな青い皿に載せられた二つのチョコレートと一枚の大きなクッキー。
「ありがとう。」
「いいえ、いつも贔屓にしてくれてありがとう、おにいさん。」
彼女はそう言いながら微笑んで、キッチンの方へと戻っていった。
たまにここに来ることを覚えていてくれたのかな?
嬉しいことである。
ジャンは笑みを浮かべて自分のグラスを口に運ぶ。
まず鼻を擽る香ばしい薫り。
別にコーヒーを批評するとかそういう気は毛頭ないのだが、なぜかいつも咥内の活動を活発にする。
ようするにこの匂いはジャンにはかなり刺激的なのだ。
ごくんと一口飲み込む。
流れ込んできた少し甘い蜂蜜の隠し味にミルク、ほろ苦いが素晴らしく旨い味が咥内の広がる。
本気でうまい。
普通のコーヒーも勿論好きなんだけどコーヒーに蜂蜜なんて信じられないような組み合わせが実際はかなーりはまる味なのだ。
一休みとばかりに机の上にグラスを置く。
一気に煽った為、半分以上が減った中身。
コーヒーと蜂蜜とミルクと氷がうまいぐわいに交ざりあっていて、マーブル模様になった。
からりとグラスに当たる氷の音。
窓から入る太陽の光が、二人の座る座席へと降り注ぎ汗をかくグラス。
目の前のジンはと言うと、目の前の大きなマグカップ内部の紅茶の匂いを嗅いで、微笑みを浮かべている。
甘い香りがこちらまでふんわりと香ってきて口角を上げていく。
バニラの香りのする紅茶に浮かんだクリーム。
暖かいためかすぐに消えてなくなってしまいそうになっているクリームを一口味見しようとそれに目掛けて舌を出すジン。
しかし上手く掬えないようでむむっと表情を曇らせる。
一生懸命に舌を突き出すが、すぐに引っ込む舌。
多分、猫舌か何かで熱さに弱いかなんかで恐々なのだろうか・・。
とはいえ、これって。
「・・・・・・・。」
ジャンはがたんと大きな音を立てて自分の座っていた椅子から勢い良く立ち上がり、くるりとジンに背をむける。
エロい顔・・・、めちゃくるわ。
がんと走る衝撃。
ちょっ、・・これは反則だろ。
「?」
ジンは、その明らかに怪しい動きをするジャンの様子に首をかしげて依然としてクリームと格闘を繰り返している。
しかし短くしか伸ばされていない舌はクリームを掬う事はできない。
薄く細められた瞳、寄せられた眉間の皺が真剣さを物語っている。
プラスチックの長めのスプーンをカウンターで受け取るとそれをジンに渡して自分も座るジャン。
ありがとうと素直に受け取り、それを自分のマグカップにつき立ててるジン。
少しだけ溶けてしまっているクリームだったが、スプーンで掬われたそれはまた形を少しだけ保っているように見えた。
そのまま形のよい少し開かれた唇の間に吸い込まれていくスプーン。
上唇についたクリームを舐め取る仕草に、思わず口を押さえた。
なんだ・・・、これ?
少しだけ顔が熱くなるのを感じそれと同時に、胸がちくちくっと痛む。
さっきから俺、変だよな・・。
ジャンはジンのその様子から視線を店内へとそらす。
思わぬところで、こちらを向いている男に視線がいった。
新聞から顔を上げてこちらを見ている若い男。
明らかに口が開いて真剣にみているのを見て思わず首を捻るジャン。
こちら方面で口を開く程に面白いものなど何もないはずだけど。
男が見えいるその方面には『ジン』と俺しかいないのだから・・。
自分とは視線が合わない。
って、明らかに俺ではないとして、
センセイかい??あの男が見てるのは・・・。
少しむかっとするジャン。
「??」
本気でこのさっきから忙しいむかむかしたり、いらいらしたり、しくしく胸が痛かったりするのは、なんだ??
目の前の汗を掻いたグラスを掴むとごくんと勢い良く飲み干すジャン。
疲れてるのかな・・、
最近仕事も休みなしに10連勤だったからな。
ジャンは、机に片肘をついて顎をもたせた。
窓の外には、夏のキラキラした風景が広がっている。
多分数十分ほど前に芝生に水が撒かれたのだろうか、すごき生き生きとしているのが植物にも疎いジャンにもわかる。
ゆっくりとした時間が過ぎていく。