はちみつ色の狼
ジタバタ転がり回っている男から離れて次こそは、ジンと押さえる役の交代をしようと大男の腕に手を伸ばしかけるジャンであったが、すぐに動きを止めた。
ジャンが行くよりも先に、すでに他の野次馬なのか市場の住人にすでに引き渡されており、本人は少年に二人にまるでコバンザメのように引っ付かれながらもいつもの調子で立っていた。
男もすでにショック状態で放心していた為に、簡単に引き渡されたのだろう。今も二人の男に両脇から支えられないと自分では歩けないほどに弱っているようにも見えた。
その真横を通りすぎたが、大男はそんなジャンには目もくれずに未だに空ろな瞳で、地面を這いずりまわる兄を見つめていた。
大騒ぎになってかなりヤバイなあと言う顔をしているジャンとは対照的に周囲を飲み込む程の割れんばかりの拍手。
「何の騒ぎですか!」
喧嘩ですか?と言いながら、野次馬の脇を通って茶色の制服に腰には警棒と言った保安官姿の男が割りはいって来るのが見えた。
内心今更か?と言う気持ちで迎えるそこに居たすべての人間。
今までどこに隠れていたのだ?と言う疑問も生まれるが、口にすることはない。
保安官姿の男は、痩せた感じで先ほどの戦闘場面に出てきたとしてもたぶん、大男にのされるタイプの男である。
無理は言うまい、人には、向き不向きがある。
だが、保安官たるもの・・・、保安しなくてどうする?
おかしい世界だこと。
ぶつぶつ言いながら倒れている男と、放心状態の図体のでかい大男を交互に見る保安官。
何かあったかなんて人目見ればすぐにわかるだろうに・・。
保安官はそのまま胸ポケットに仕舞われていた小さな黄色のメモ帳らしきものとペンを取り出して事情聴取らしきものを始める。
その様子に少しだけ冷たい視線を送りながら、手持ち無沙汰で保安官の様子を眺めている様に見えたジンのすぐ傍に立つ。
すでに動き始めた市場の客達や、先ほどまで見学をしていた野次馬達に『もみくちゃ』にされ始めたジンと少年達。
ジャンはそんな3人の真横でジンが見ている方向へと視線をやりながら、口を開く。
「あんたさあ・・無防備も、いい加減にしなさい。早死にしますよ。」
「わっ!」
今気がついたのか、声のする横を向くジン。
すぐ横に居たにも関わらず真剣に気が付かなかった様子で本当に驚いた顔をしているジンに、逆に驚いてしまうジャン。
「・・驚かしました?」
「ん・・、え、ごめん。」
正直に頷き、謝るジン。
ぼんやりとした瞳で顔を眺めるジンの首筋に傷がないか、思わず首の左右に軽くチェックを入れるジャン。
男にナイフを突きつけられかけた場所には、何の怪我もなく白い肌もそのまま綺麗である。
よかった。
安堵の鼻息が漏れだす。
怪我をしたとしても多分本人は全く何も気にしていないだろうな、と思いながらされるがままになっているジンの頭をなでなでと優しく触るジャン。
柔らかい黒い髪がさらっと揺れていつもの良い匂いがジャンの鼻をくすぐる。
俺この匂い好きだなと、考えていると瞳がジンと合う。
「?」
「!!」
思わず触ってしまった後で、何をやってんだ俺?とすぐさま手を引っ込めるジャン。
合ってしまった視線は動揺を生み出してはいたが、ごまかす術はある。
「どこも怪我してないようで、安心しましたよ。」
「お前のおかげかな・・?」
怪我を調べる為に頭を撫で撫でするなんて明らかに苦しい言い訳だろうが、ジンは素直にそれに騙されている。
未だに動揺を引きずっているジャンとは対照的にに、もうすでにぼんやりとした表情から元に戻ったジン。
今は野次馬や、通行人に押されながらも背後に引っ付いている少年達を引き剥がしに掛っているが、中々うまくはいかない。
少年は、未だに恐怖に怯えているのか引っ付いたまま。
ジンは、諦めたようにため息を付いてジャンに助けを求めるような視線を送る。
そんな様子に苦笑を浮かべて、ジャンはその場に座り込んで少年達の視界へ入る。
「お〜い、お前ら。」
『・・・・・』
視界には入っているはずなのに、返事はない。
呆然としているのだろう。
それも其のはず、凶器を持った男に恐ろしい目に合わせられたのだからしょうがない。
座ったままの体勢で鼻筋を人差し指で軽く掻きながらそのまま少しだけ考える。
どうするべか?
「おまえ、よくやったなぁ!!!」
たまに横を通っていく通行人達が、座り込んでいるヒーローの肩をポンポンと叩いていく。
どもどもと、軽く礼をしながらもまた考えるジャン。
「!」
急にぴんと何かを閃いた表情を浮かべてすぐににんまりとした笑顔を見せて、先ほどまで悪者を掴んでいた手と反対の手を目の前でわきわきとする。
それを見ていたジンは、なんだ?とばかりに眉間に皺を寄せて眺めている。
「お前ら!!!!」
大きな声にビクンとするジンと少年二人の3人プラス他の通行人。
わきわきとしていた指を急に、二人の少年の脇へと進めていく。
そして、そのままこちょこちょこちょと擽りを始める。
少年達は、掴んでいたジンのシャツの裾からさっと手を離すとジャンの指先から必死に逃げようとがんばる。
『わ〜〜〜!!!!』
二人が手を離したところでジャンも擽っていた指を止めて、必死な形相に思わず笑ってしまうジャン。
同時に、二人の少年の手が離されて自由が利くようになったジンは、一生懸命に握られた性でくちゃっとなった白いシャツの裾を直しにかかる。
すぐさま真面目な顔で二人を見ると、まるで父親みたいな感じで諭すようにつぶやく。
「おまえらも、あんま無茶すんなよっ・・。」
『は・・・い。』
素直に頷く二人に、また苦笑を浮かべてしまうジャン。
ジンは、それを見て同じように微笑を浮かべている。
「あんたも、無茶はしない。」
「は・・い。」
笑っていたジンも急に自分に振られるとは思っていなかったのか、少年達と同じように素直に頷いている。
それを見て少年達も苦笑を浮かべる。
「お兄ちゃんまで、怒られたらしょうがね〜な。」
「無茶すんな〜。にいちゃん。」
もう、自分の事は棚に上げて喋りだす少年の頭をポンと軽く叩くジャン。
「お前らは・・、ったく。もう行けよ。仕事あんだろうが?」
「・・・ああああ!!!そうだよ、こんな事いてる場合じゃね〜!!」
「じゃあ、今度あったら格闘技教えてよ、お兄ちゃん!」
「・・ああ、またな。」
少年へ、軽く手を振るジン。
少年達は小走りに、でもたまに二人の事を振り返りながら手を振り、その内市場の通行客にまぎれて消えていった。
「さ・・て・・と。」
なんだか、すべてが終了して『一件落着』感が漂っている。
大きな男も地面で転がっていた男も、いつの間にか市場の道の端の方へと押しやられていた。
一人だけだった保安官も今では一人では手に負えないと言うことに気が付いたのだろう、応援を呼ぼうとばかりに制服の腰ベルトに装着されていた無線機に語りかけているのが目の端に見えた。
ジャンは一安心とばかりに、ポケットの箱の中から折れ曲がったそして、少しだけ葉が飛び出しかけたタバコに火をつけると、大きく煙を吐き出す。