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はちみつ色の狼

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「俺は!!!!!!センセイって言う職種の奴が、一番気にくわねぇ!!!!!!」


白い唾を思いっきり飛ばしながら激しい口調で喋る男。
話を終えた今でも口の端には唾の泡が塊を作っている。
それを見てか、頭を抱えるジン。
ジャンもその様子を見て、あっちゃ・・と言うしかなかった。
火に油を注いだような変わりよう。

「・・・・。」

周囲にも、その怒号のような声で男の様子が変わったことが解ったのか、先ほどまで騒がしかった野次馬も沈黙をした。

静まり返るその場に、砂漠からの突風が大きな音を立ててテントへと直撃する。
テントは風に揺らされているのか激しい振動と、激しい音をさせる。

俺のせいなのだろうか?

ジャンは、そう思うしかなかった。
頭の中にまで渦巻く、砂嵐。
ただ、自分は引ったくりの男を引き止めてその鞄を奪い返そうと・・、
多少は面白がっていた点もあるが・・、目の前のこの状況はなんだか収集が付かない様にも見える。

「・・や・・・っべ・・・。」

口の中で呟くジャン。
これは、明らかに「ものすごく」雲行きが怪しい。
見てみたかった対戦カードが行われて嬉しいという反面、重たい責任。
あのセンセイが負けるはずは無いと思う反面、万が一と言うこともある。

ナイフを持った男の正面に立つジンは、無防備さ。
いや、無防備なのだろう。
未だに腕組みをして、上からの男の視線を真っ向から受けているもの動こうともしないし、表情も決して変わらない。
それどころか、男を挑発するような視線を送っている。
それって、逆効果だろ!!
思わず、その二人の間に進み出ようとするジャン。

「ちょっとっ・・・!」
「おおっと、兄ちゃんの邪魔はしないでくれよぉ。あんたの相手は俺が後でしてやるからさぁ。」

だが、ジャンよりも横にでかい図体の男が目の前に立ちはだかり邪魔をされる。

面倒臭いことになった。

男は、腕を大きく広げるとジャンを、少し下がった野次馬の近くまで押し出していく。
普段であれば素直にそれを受け入れるジャンでは無いのだが、今回ばかりは本気でこれ以上大きな騒ぎにはしたくは無い。
もうすでに大きい騒ぎになっているのは百も承知だが、ここでジャンが暴れだしてジンに何かあっても困る。
相手はなんせ・・、ナイフを持っているのだ。
押し出されて行きながらも、視線は二人へと向く。

目の前の空いた空間には、ジンと男。
ジンは未だに涼しい顔しながら男を睨みつけ、男はと言うと猫背気味にナイフを片手にジンの周囲を歩きだした。




「・・・・・・。」



小さくて線の細い普通に立っていて何も出来なさそうな男を不憫に思ったのか、魚屋だけは冷静に長い鉄の棒を彼に投げ入れた。
さすがに魚屋だといっても包丁を投げ入れるわけではない。
だが、ジンは文句もなくバシッといい音をさせて受け取ると、袖が邪魔になるのか冷静に捲り上げて、一度ゆっくりと棒を回した。
もちろん周りの配慮は忘れてはいない。
長さは身の丈程で、錆付きもせず綺麗に見える表面。

「・・・・・。」

ぶつぶつぶつ、ジンの口から出てくるのは文句ばかりで横目でジャンのことを睨みながら、またそのやせっぽちだが自分よりも大きなひったくり男に向き合う。
一部の野次馬はなんで筋肉男がこんな全く正反対の体付きの男をやり玉に上げて自分はのうのうと見学しているのだ?と思っているのだろう。

あの男が選んだんです!

声を大にして言いたいところであるが、ジャンは言えないでいた。
ジンは、その棒を器用にもくるくると回している。
チンピラもその動きに迷いがあるのか、動きを止めている。

「・・・・。」

ジャンは言い訳としては図体のでかい男に道を阻まれていることもあり助けにはいけない。
という訳で、そのまま近くの椰子の木にもたれ掛かってタバコに火をつける。
彼が弱いとは思わないが、医者で大佐という所謂不思議な肩書きの持ち主である目の前の人物。
静かに眺める。

周りは野次馬に囲まれ、男も逃げるに逃げられない状態であるのは、確かで。

棒を脇に挟みこんでチンピラを威嚇することもなく、普通に立っているジン。
たまに首をストレッチするような仕草を見せるだけで別段、彼から仕掛けるわけでもない。
男も、首を鳴らしたり指を鳴らしたりと自分の強さをアピールするかのような仕草を見せている。

「さっさと来い・・・。」
「・・・。」

めんどくさそうな表情を浮かべているジンにくらべ、男は何故か額から汗をたらしていた。
カランと鉄の棒を地面に打ちつけたとき、男は動きを見せた。
今がチャンスとばかりに持っていたナイフを反対の手に持ち替えて、乾燥していたであろう唇をべろりと舐めるとそのままジンへと突き進んでいく。

「こんにゃろが!!!!!」

あきらかに、今から行くよ?とでも言わんばかりに叫びだす男。

一瞬頭によぎるのは銃撃の際には、彼はなんの役にも立たなかった事。
多分あの人は運動苦手タイプのエリート軍団の一員で大佐に上った人間だろうとジャンは少しだけ鷹を括っていた。

今朝のシャワーの時、体に触った時だって筋肉はさほどなかったしなぁ。
ほんと・・・、どうするつもりだろ?

ぷか〜と音でもなりそうなくらいにタバコの煙を口から吐き出しながら、思わず笑顔になるジャン。
楽しんではいけないだろうがこれはこれで楽しい。


「・・・・。」

びゅっと大きな音が、一つ。
ジンの横をすり抜けていく。

男は、刺し損ねたナイフをもう一度刺すべく、次はジンの左脇へと飛び込んでいく。
ジンはくるりとまるで舞うようにナイフをすり抜けて右から左へと持ち替えている。
そして、またナイフが自分の方へと向かってくるのを待っているようにも見える。
宙を抉るナイフ。
だが次の一撃も決まることはなかった。


「!!!!」


カランと乾いた音が周囲に鳴り響く。
同時にナイフが地面に転がっていくのが見えた。
男とジンを見ると形勢逆転とばかりに、棒の先を男の喉下にぐぐっと押しやる姿であった。

一瞬男はナイフへと視線を落とすが、その場所は遠く取りに行ける距離でもない。

「わわわわわ!!!兄ちゃん、大丈夫かあ!!?」

でかい弟が心配そうに眺める。
ジャンも口に咥えていたタバコを思わず取り落としそうになりながら、その様子を見つめる。
兄は弟に心配を掛けまいと二三本歯の欠けている口を笑顔にして、親指を立てる。
男の喉下を押さえていた筈の棒は下ろされておりジンもその光景を眺めているだけで別段、戦いを挑む訳でも無い。
しかし男の方はそうは行かないのか、自分に恥をかかせた目の前の男を睨み付けまた唾を吐く。

勢い良くナイフを落とされた手を高く振り上げて、そのまま向かって来る。
眉毛を怒らせて目を見開いたその顔は、モンスターを彷彿とさせる表情。
血走った瞳に映るのは、ジンだけ。
尋常でないスピード。
タックルされたら転けるだけで済まない。
それ位の勢い。
ジンは、迫る男をすばやくよけると男はそのまま地面へと倒れこむ。
わざとなのか転がった男は、すばやく立ち上がりジンへと振り返る。
にんやりと笑った男の手にはまたナイフが握られていた。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央