はちみつ色の狼
服装は、汚れた灰色のシャツに黒く汚れた茶色のズボン。
立ち上がりながらもすぐさま手をポケットに入れ意気込んでいるところが、チンピラらしい。
だが、
チンピラの脇に挟まれたピンクのバッグに目が行く。
いかにも小金が欲しいからひったくりをする男。視線をこちらと全く合わせようともしない。
「ああ、ごめん、肘が当たって。」
ジャンはわざとらしい笑顔を浮かべながらへらへらと、明らかに先ほど派手に転んだ際についたであろうチンピラのひざこぞうの怪我を指差し、御免なさいと謝る。
男は突然受けた一撃に対して怒りを感じているのか、それとも動揺をしているのかなんの反応もない。
目は泳ぎその内に鞄を取り落としそうになっていたが、周囲に集まりだした野次馬に背中を押されたのかまたいかつそうな瞳に戻り、ジャンを睨みだす。
「いってっ、くそっなんだよ、おまえ!喧嘩売ってんのか?」
勢いよく立ちあがりながら啖呵を切る男。
野次馬は喧嘩か?なんだ?安売りか?と集まり、騒ぎだす。
あっちゃあ・・・。
こんな騒ぎにしたかった訳じゃない。
穏便に済ませられればそれが一番いい。
自分よりも背の低い男の肩に腕を回して、道の端の人の邪魔にはならない場所へと誘導するつもりであったが、チンピラはそれを許しはしない。
やっぱ、無理だよなと想像通りに弾き飛ばされた自分の腕に視線をやりながら、同じく自分達が立つ位置に一番近くにある露店を見る。
魚屋である。
「あんたさぁ・・、明らかに不釣り合いな鞄を持ってっけど。それ・・。」
「うっせぇやつだな・・・。俺が俺のだって言ったら俺のんだよ!」
な〜んて、言い草だ?
今時どこかのガキ大将でさえそんなことは言わないだろうに・・。
馬鹿な会話内容に、ちょっと笑いそうなのを我慢しながらももう一度口を開く。
「話くらい聞こうや・・・なぁ?」
そう言いながらもまた先ほどと同じように男の腕に手を掴もうとした時、ジャンの腰に巻いていたシャツに衝撃が走る。
「わっ?!」
なんだ?と疑問に思いながら自分の白いシャツを見ようと視線を下ろそうとした時、男がにやりと微笑んでいるのが見えた。
「・・・うっわ!お前、なんてことしやがる!!」
ナイフがこっちを向いているのに気が付いたのはたった今、休みだからと言ってぼんやりし過ぎにも程がある。
自分に叱咤するものの、こんな薬物中毒っぽい青白い顔の男に負ける気も全くしないし、その気もまったくない。
ポケットに入れていた手には、多分ポケットの中ですでにナイフが持たれていたのだろう。
ただのチンピラが威嚇の為にポケットに手を入れたように見えただけで、実際には攻撃の時期を待ちわびていたのだろう。
「・・・ちょっとは、頭いいんじゃねぇか。」
ぽつりと漏らすジャン。
だが、彼の言葉はチンピラ風の男には届いていない。
男のほうは、その一撃でジャンの腕でも切ったと思い込んでいたようで、何の怪我もしていないジャンを見てくっそ〜と悪態をついていた。
「?」
ただ、ジャンの瞳写ったのはなんの事はない、その野次馬をのけてわが道を行こうとしている人物。
なんか最近良く見る人物。
ほんで、この人は野次馬とかには感心無しにそのまま通行人としていくタイプだったのか・・。
「余所見、してんなよ!!!!」
「ちょっと、タイム!!」
男をないがしろにするようなジャンの態度に少し怒りを見せるが、そんなことは今更関係ない。
通行人気取りで、そのまま通り過ぎ様としている人物の名前を呼ぶジャン。
今、立っている場所からは少し遠くになるが、聞こえない距離ではないだろう。
「ジン・ソナーズセンセっ」
「・・ん?」
今更ながら何処かからの声に気が付いたのか、呼ばれた方向をきょろきょろと見ているジン。
本気で誰に呼ばれたのか解らないのか、背後まで振り返っているが背の低い彼には野次馬と街の雑踏にまかれて全くジャンの事は見つけられずにいる様子である。
ジャンはその様子に少し頭痛を感じながら、思わずこめかみをさする。
そして、そのまま何も無かった事にしてそれも野次馬も無視をしてわが道を進もうとしているジン。
おいおいっ、探しもしないでそのまま行くんかい?!
その様子に頭をぽりぽりと掻きながらも、一応男に視線をやりながら恥ずかしげも無く大きな声で呼ぶ。
「ジン・ソナーズセンセイ!こっちこっち!」
その大きな声でやっと気が付いたのか、ジャンの顔を視界に捕らえ明らかに嫌そうな顔をしながら少しだけ進み野次馬と並んで立つジン。
「・・・あぁあ・・、ジャン・シルバーマン少尉じゃないか、元気そうでなにより。」
口調まで、嫌々そうに唇の先っちょまでが尖がっているように、喋り方がおかしい。
白いシャツを一枚に、黒いジーンズ。
三番目辺りまで外れたボタンから漏れ出す白い肌が、まぶしい・・・が、今はそれどころではない。
「良く会いますね。」
別に会いたくないと目で訴えているが、ありありと見える。
なんだ?俺、嫌われたもんだな?
なんか、したか?
思い当たる節は・・・・、あまりない。
都合の悪い事は、すぐに忘れる男「ジャン・シルバーマン」。
目の前の人物は嫌そうな顔をしながらも、ジャンが置かれている状況を観察しようとしているが、おおよそ想像がつくとは思えない。
「ん、・・で、何してる?」
素直に、答えを求めるジン。
「ええっと、見ての通り暴漢にやられてます。」
しれっと答えるジャン。
遊んでいるように見えるのだろうか?
頭の中に一瞬疑問がよぎる。
ジンはその言葉を確かめるべく正面にいる、やさぐれたチンピラとジャンを見比べて首を振った。
「・・・おもしろくない冗談だ。」
「いやっでも、これ見てくださいよ!」
ナイフで無抵抗にも切られた白いシャツの裾を見せる。
が、ジンは自分の腕に巻かれている時計を見て、ポツリとつぶやいた。
「残念ながら、俺は先を急いでいるん・・・・だが、」
「・・・・。」
「・・・・。」
すばらしく面倒臭そうな表情を浮かべて、そのまま行きそうになるジンを引き止めるべくジャンは動きを起こす。
そのままくるりときびき返して、元来た道を進もうとするジンの細い肩を掴む。
「あんたに・・・、か弱そうなおばあちゃんがチンピラの引ったくりにあって助けを求めてるんですよ・・。」
「・・・。」
ジャンも今更ながら気が付いたが、か弱そうなおばあさんはそこにいた。
二人とチンピラの周囲を取り囲む野次馬の中に明らかに違う毛色の老人。
上品そうで、清潔感溢れるカーディガン姿のその老人が胸の正面で腕を組み心配そうにしているのを見て咄嗟にジャンは言う。
それを聞いたジンは、一瞬無言になるがでもやっぱりと言った表情を浮かべる。
「だが、俺が遣らなければいけない理由が見当たらない。お前が始めた事なら最後まで責任持つべきだろう。」
「・・正論。」
正論だが、別にジャンが一人で相手にする理由も何もない。
取り合えずどちらか一人が、チンピラから鞄を取り返しておばあちゃんが喜んでくれれば良いだけだし。