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はちみつ色の狼

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ジンは、静かにその場に俯いて、うんと聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
一介の軍人にしろ医者にしろ彼が狙われて、自分が巻き込まれる理由ってなんだろうか?
入り口のテントの布地は雨の強さからか巻き起こった風でゆらゆらとゆれている。
自然と眉間に皺が寄る。

こんな気持ちは鬱陶しい。

おかしいと思った事は、普段はずけずけと言うより素直に何でもいうタイプの人間なのにこの人にはなんだか言いづらい。
自分の言った言葉で傷つけたくからなのか、わからない。
ただ、すまないなの言葉がジャンの頭にくるくると回っていくのは否めない。

言い方は悪かった、・・かも知れないが言わないと気が済まない、
うじうじと悩んでいる気持ちはさらさらない。
ジャンはかじかんだ自分の膝を叩いて立ち上がり中腰で少しストレッチを行おうとした時、唐突に一つの疑問が頭に浮かび上がった。
ん?と首をひねった。


でも、もしも自分を狙っての犯行だったとしたら?万が一でも。


士官学校時代にはそれなりにやんちゃなことも、若気の至り的なことも多々やった。
そして、関係ないかも知れないがそこにはルイスもいたのだが。

殺されるような事はしていないにしろ、人それぞれで感じ方も違うのかもしれない。
一気に血の気が下がる。




そのままの奇妙な態勢のまま、そして先ほどの少し怒った顔に自分に対する不信感からジャンの顔は曇る。

うっわ、俺最低。

人の所為だと散々言った後でこんな事に気が付くなんてぼけてる。

相当きてる・・・・。

ジャンははあと苦笑混じりに大きな溜息を付きそのままの態勢から腰を下ろして、そのまま膝を抱え込む。
目に移るのは自分のブーツの先。
爆発の凄まじさから足を守ってくれていたのか、先端が尖ったガラスの破片が突き刺さっているのが目に入る。
が、今はそれどころでもない。
溜息の時点でジンはびくっと飛び跳ねた。
そして自分をびびらせた忌まわしき奴に鬱陶しそうな視線をやるが、裏腹に落ち着いて静かに尋ねる。


「・・・どうした?」
「ええ、あの・・・ですね。矛盾が、やや感じられて悪いんですが、・・・・」


言葉の終わりに顔をビュンと音がしそうな位に勢いよく上げるジャンに、ジンは複雑な顔をする。


「それが・・・、ですね・・、あの、もしも自分の所為だとしたらすんません!」
「・・?」


何をいきなり?とでも言いたそうな顔で見るジン。
構わずに話を続けるジャン。


「だから人に難癖付けたんですけど、反対に俺の所為であんたが巻き込まれてたら申し訳ないっすよね。すみません!」
「・・・・、そ・・・、」
「へ?」


ジンの言葉の最後が聞き取れなかったために、ジャンは思わず顔を近づける。
ジンは、別段そこまで態度が変わることは無かったが、目の前で組まれていた手はするりと組み直されて、少しだけ緩んだ表情になっているようにも感じられた。


「・・そんなことかって言ったんだ。
気にしてないよ、ただ俺は早く部屋に戻ってゆっくりしたい。」


多分、本心では気にしてたんだろう。

先ほどのうんという言葉には、質問に対する肯定がありありと見え、ジャンに対しての申し訳なさというのもみれた。
だが、今は一転自室でも思い浮べているのかジンは何処か遠くを見つめている。
ジャンはと言うと、言うことを言い切って気分も晴れ晴れしたのかにかっと笑って俺は”ビール飲みたいなあ。”と言った。



「・・・・ビールはともかく何か飲むのは賛成だ。」



雨で洗い流された爆発の衝撃と顔のすす。

綺麗さっぱり汚れが洗い流されたこの姿を今誰かが見たとしたら、只のサボりか何かにおもわれちゃうんだろうなあ。

のんびり考えるジャン。

髪の毛も大分渇き、触るといつもの柔らかい感触が戻っていた。
ただ大量の水分を吸ったシャツもズボンも重たく冷え、体を冷やす原因にもなっているようだ。
ジャンは一つ身震いをすると立ち上がる。
そして、ジンはどうなのだろう?と確認のつもりで彼のほうへと振り返ると彼も寒そうに小刻みに震えている。

あの人も俺と同じ人間か・・・。
意見がころころ変わるとかって、変な奴と思われてなきゃいいけどな・・・。


「・・なんだ?」
「なんもないです。」
「・・・じゃあ視線が邪魔だ。」


「へいへい。」と、怒られながらも少し気分がよくなったジャンから思わず笑顔が零れる。
ジンもジャンのその笑顔を見て少し苦笑を浮かべる。

場違いではあるが、二人の間に和やかな雰囲気が流れる。

が、その和やかで穏やかな雰囲気と同時に緊張感が切れたのか今まで我慢していたはずのジャンの鼻がむずむずとし始め、そのまま。



「はっ・・・くしょん!!!!!」



いつもよりも増して、大きな派手なクシャミが狭いテント内に響き渡る。
手を当てずに思いきったくしゃみに、ジンはまた不愉快そうな顔に戻り、「くしゃみは手を当てるのが、常識だろ?」と冷静に言うが、
そういうのとほぼ同時に、ざっと砂を蹴散らすような足音が耳に入り二人は、硬直した。

そうだ、ここは・・・・戦闘の真っ只中。
狙われてる身だった・・。

その足音は、テントの方へと向かって来る。
そして相手は、どうも複数らしい。

気が付くのが、・・・遅れたか?
外に降りしきる雨の音に耳をとられ、その背後で蠢く音にはなんの配慮もなかったと、ジャンは少し反省をするが、今は反省をしている場合ではないことは解っている。
同じようにそれを感じ取ったのか、ジンも静かに椅子から立ち上がり、ジャンに視線をやる。


「・・・・。」
「・・。」


二人は、息を潜める。
潜められた二人の息遣いは考えどおりに、雨の音の中へと消えていく。
ゆっくりと手に持っていたグロッグで、テントの入り口に狙いをつけるジャン。
ジンはというと、手に自分の座っていたパイプ椅子を音も無く折りたたんで持ち、同じく入り口のすぐ横でまさに今それを振りかざさんとばかりに人物が入ってくるのを待ちちわびる。
激しく降りしきる雨音と一緒に、テントの布が揺れる。


「・・・・、」


ふわりとした雨による風と共に、入り口の布が誰かの手で押し上げられる。

手には黒の手袋、袖口は、黒。
犯人かどうかわからないこの人物は、なんの警戒もなしにテントの中へと入ってくる。
一瞬、あのシャフトで狙っていた人物にしてはやることが馬鹿げている、ジャンの頭にそんな考えがよぎっていく。
が、一瞬の気の緩みが先ほどのようにこのテントを取り囲まれるまで気がつかないような結果を招くことになる。
ジャンは、大きく一つ息を呑む。

「・・・、」

手によって押さえ切れなかった入り口の布を蹴りだすようにテント内へと入ってくる。
手袋と同じく黒のブーツを履く人物。

誰だ・・・?

ジャンは、布地を押さえ入ってきた黒手袋の手首を思いっきり掴むと中へと引きずり込み、身を崩すまいと支えようとする相手の片足を思いっきり蹴り飛ばす。
大きな音が、テントの中に響く。
そして、その倒れた人物がおもいっきり腰を床に打ち付けるのを確認すると、ジャンはその人物の上に馬乗りになりその顔を覗いた。


「・・・へ?!」
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央