はちみつ色の狼
思い出されるのは、シャフトへ続く鉄の枠からジンを引き上げようとした時にジャンの瞳に写った、覆面の奥に覗いた瞳。
色までは区別が付かないほどに遠い場所に居たが、その瞳には凶悪な色が映し出されているのは確かであった。
暗闇の中に浮かぶ、凶悪で異色色を放っていた瞳。
そして、抱え込まれた小銃。
何連続も打てるあの型の小銃ではこんな銃では全く歯が立たないということは明解であった。
ジャンは、手のひらの中にある小さな銃を握り直して、もう一度ジンに向き直る。
「計画性が伺えました・・・。」
そうだな、と小さく呟いたジン、何かを考えているような表情を浮かべている。
「そんでそれについても何か、気が付いた事が・・、ありそうっすよね・・?」
「・・・・。」
頭から被っていたタオルをばさっと言う音と共に、自分の肩口に落とす。
そのまま目を閉じると自分の眉間をさする様にポーズをとるジン。
まるで何かを知っているような、何かに感づいたような表情を見せる。
ジャンは思わず、立ち止まるとちょうどジンの真正面で腕を組んで呟く。
「まったく・・・と言うわけじゃ無さそうな顔っすけど・・」
「・・・・わからん。」
そう呟いてから唇すら動かさなくなったジン。
何がわからんだ・・、その顔はなんか知ってる顔だろうが!?
そう言いたいのは山々で、喉のすぐ先まで到達しているのだが飲み込む。
それを言ったとしても、のらりくらりとかわされるのは目に見えている。
「はぁ・・・。」
ジンには聞こえないくらいの小さなため息を付きながらどうすりゃいいものか?と頭をごしごしと掻くジャン。
だが、その状態のままでずっと居る訳にもいかなく、重い口をまた開くジャン。
「医務室のテントの襲撃の際には、犯人はどこから狙ったんですかね・・?」
今、別段話すようなことでもないが、何かに気が付いた人間が口を閉ざしている以上、もうその話をしてもしょうがないとばかりに話を変えに掛かる。
実際には先ほどの銃撃戦が思い描かれてそれどころはないのだが、無理やりにでも頭の中に、この廃墟になった工場の敷地を思い描く。
今朝も青写真でこの場所を見たので思い描くのは、難しくない。
「犯人は、・・・医務室のテントから斜め60度くらいの高さから下に向かって撃ってきた・・・。」
さっきまでは乗り気では無かったジンであったが話の内容が変わった性もあってか自ら話出した。
彼の寒さもいつのまにか収まったのか頭から被っていたタオルを座っている椅子の背もたれに引っ掛けるとそのまま続ける。
「お前が言ったとおり、計画性が伺える。」
呟き終えると、そのまま自分を抱え込むように、座りなおすと俯いてしまった。
ジャンはジンのその様子を横目で眺めながら、自らの足を止めて腕を組む。
ジンの言うとおりに、銃撃は上から60度くらいの角度で撃ち込まれた。
テントの布に開けられた穴から薬品の瓶まではおおよそそんなものだ。
計画性といえば、そこで待ち伏せでもしない限りその場所を狙うことが出来ない。
「・・・・そんで、」
敷地内の建物は、大きいものも小さいものも合わせて全部で5棟。
医務室の上から銃撃ができる建物とするとそれは、5棟の内、3棟に絞られる。
それは、あとの2棟が医務テントから離れたどちらかと言えば入り口の門付近に存在し、そこまで大きな建物ではないということである。
ただその絞られた3棟のうち1棟は5階建てと高さはあるものの距離がある。
もしも、その場所から射撃をしたのであればあの速さで地下トンネルに来ることは不可能であろう。
複数犯であれば、別だけど・・・。
「300m離れた場所からでも撃てる銃があったとしても、どっかの短距離選手じゃなかったら遠くから来るのは、無理。」
「・・?」
「あ、すんません。俺、考えてること口に出ちゃって・・・。」
「短距離選手が、・・・・なんだって?」
「・・・・犯人は、足がすっげぇ早いかどうかって、考えてんですよ。」
ジャンが言い切ると、ジンはまだ何かを言いたそうであったが口を噤んでその様子を観察するように口を閉じ静かになった。
まとめるとこうだ。
300mも先の建物上から狙い撃ち、小銃と言えど少なからず重量のある銃を肩に乗せ、それを支えながら5階建て程の建物の階段を猛スピードおおよそ100mを5秒くらいの速さで駆け下り、火を噴いている地下トンネルへの道を探しだしてシャフト内で二人を襲ったということになる。
一言で言うと、ありえない話である。
ジャンは用心深くテントの入り口の布を捲り一瞬確認をして、60度の角度から医務用テントを狙える建物を探る。
唯一つ、この指揮官用テントの目の前にあるこの4階建てくらいである。
ジャンは、知らず知らずのうちに視線を上に上げていた。
この場所からはテントの布しか見えないのであるが、犯人がそこに居るのを想像して見る。
犯人は、さっきと同じように黒いマスクを被っていたのだろうか?
小銃から出た空の薬きょうは回収したのだろうか?
同じ職種を日々の生業にしているジャンはもしも自分だったら?などと考えてしまう。
そして、もう一つの安易に導きだされた答え。
「とりあえず、俺。」
「・・・・・・・・なんだ?」
一瞬溜めが入って出た言葉に、ジンも少しだけ息を飲み込んで質問をする。
ジャンの顔は、真剣そのものでその視線の先にはジンがいる。
「言いたいことは、いいますよ・・。」
雨の音は何もかもを消し去り、多分と言うよりも100%の確立で目の前にあった建物の屋上にあったで”あろう”証拠を綺麗さっぱり洗い流している事は間違いない。
ジャンは銃を何度か握りなおし、テントの入り口に向き直るようにその場に座る。
テントの床は固い、それはアスファルトの道路に立てられているのだから当たり前であるが、ジャンは制服が汚れるのは気にしない。
制服なんてものは、汚れるためにあるんだろうし、そんなことを一々気にしているのは、ただの上流階級の大佐くらいなものだろう。
ジャンは、横目でちらりとジンを見る。
ジンは、静かに自分の組んだ手の先を見つめている。
白い顔が、雨に当たったせいなのかより一層青みを帯びた白になっている。
小刻みに振るえと言うわけではないが、ジンの指は落ち着き無く動いている。
それが、また何かを隠しているんじゃないのか?と疑う気持ちを生み出すのは事実である。
ほんと、何だかイライラする・・・・。
内緒にされている事実があるにしろ何にしろ、彼はそのことに責任を持つべきであり、巻き込まれた自分は只の不運な人物だけでは終われない。
それに、不運で殺されたりでもしたらただの馬鹿である。
そう、銃撃されたのは彼一人ではない。
「・・せんせい、なんかこの銃撃に覚えがあるんじゃないんすか?」
「・・・。」
「もしも、一応大佐って身分何だからこういうのに人を巻き込まないでちゃんとしてくださいよ。」
文句。
文句という名の本音。
言いたいことは言っておかないと、多分その相手は一生掛かっても気が付かないであろうと言うのが、シルバーマン一族の掟。