はちみつ色の狼
上から覗き込む限りには、相手の動きというよりもレーザーの点の動きはこちらと同じようにぎこちなく、ゆっくりと動いている。
あれは、裸眼で眺めているということであろう。
もしも、暗視ゴーグルをしているのであればもっとすばやく光の点が左右へとゆれこちらもかなりのチャンスで気が疲れ、眉間の真ん中を打ち抜かれているかもしれない。
ジャンは、片方の腕に力を込めながら梯子に片足立ちになりながら下を眺める。
緊張が手や足に伝わり、いつもよりも何故か動きが機敏になるのは、なぜだろうか?
意識を相手の方向へと集中させながらも、こちらの気配を消すことも忘れない。
これが出来なければ、軍人失格である。
そして、ジンも下の段で同じように気配をしっかりと消しているようであった。
ジャンは、首を捻る。
おっかしい奴だな。・・・ここまで用意周到な人間が、なんで暗視ゴーグルを付けて来るのを忘れる?
これは決定的なミスである。
だが、同じように考えられる答えは一つ。
どこかで演習の情報が漏れているということである。
もし、演習の情報に、ジャンがこの地下トンネルの情報を書き添えていたとしたら相手も暗視ゴーグルを用意することを怠ることは無かっただろうが、
ジャン自身も忘れていたように、この場所の存在を報告することはなかった。
カンカンと甲高い金属音が下で聞こえる。
手すりに何かがぶつかる音だろうか?
其の音は、一定のスピードで聞こえる。
薄ぼんやりと手すりの赤ランプに照らし出された人間は、遠めに男に見える。
おおよそ170以上はあるであろう身長に、黒っぽい服装。
髪の毛の色までは日の光の下で無いので、あてずっぽうというわけにはいかない。
ただ、そいつは左肩に長い銃を引っ掛けながら穴の内側へと続く梯子を一頻り眺めているようであった。
左利き・・。
「・・・・・。」
息を潜める二人。
20mは離れた位置にいるにはいるが、照準機の精度によっては狙い撃ちにされないと言う保障はない。
上りながら点滅ランプを消していくという作戦が功を奏しているのか、今のところは相手は上を探すようなそぶりは全く見せない。
それどころか、相手は肩に下げて何処かを狙っていた銃を背中の方へと向けて、下へと続く梯子を下り始めたではないか。
「・・・。」
「・・・。」
チャンス到来。
いまこそ、上の扉を開けて外に出られると言う運にかけるときがやってきた。
ただ、そこまで行くのにも音を立てずに行くことが必要である。
ジンは、横にあるジャンがわざわざ外し嵌め込み直した電球を自分の手に取るととそれを自ら遠くの暗闇に穴へ深くへと投げる。
じゃりと言う音は、ざっと大きな激しい音に変わりながらも進んでいく。
狙い通りに、その電球の割れた穴の奥底へと目指してしているのか、足音はすぐに消え去りその代わりにきゅっきゅっと何かを握り締めるゴムのような音がしているようであった。
多分、手袋かなんかをつけた奴が二人が行かなかった梯子を下っていっているのであろう。
「・・・・・。」
「・・・・。」
二人もその音と同じ要領で、上へと上っていく。
もちろんランプを消すことを忘れないが、その上るスピードは先ほどとは比ではないくらいにすばやいモノになったのは言うまでもない。
手のひらに豆も出来そうだ。
ジャンは、上りながらも豆がどうとか考えている自分が一瞬狂ってしまったのではないか?と最初気が気ではなかったが、人間恐怖を感じるト意外と冷静で居られるのかもしれないと逆にそう感じられる。
途中、何度も下の相手がかちゃかちゃと言う音を鳴らすたびに止まっては上っていたが、今はもう扉の目の前までやってきていた。
手を目の前の鉄の扉へとあて、一瞬躊躇するジャン。
もしも、この扉は固定されていて動かなければ・・・。
もしも、この扉の向こうに空が無ければ・・・。
厄介なことだが、考えることはもうネガティブな事柄ばかり、普段からこんなネガティブな考えなどしない、
どうにかなるよ主義のジャンでさえもう、悪い方へしか考えられないこの状況。
ジンは、もう一つの電球も地下へと落としていく。
そして、その電球の割れる音と共に、大きな銃撃音がこだまし、恐ろしく遠い地下深くから銃の乱射に寄る光が見えた。
数秒間続く、銃声で相手の持っている銃が連射式のものだとわかるが、今は別にそれが解ったところでどうこうできるわけでもない。
しかし、あいつは地下に居る。
其の距離、およそ30m・・・。
滴る汗が、額を流れ今は首筋を伝う。
そして、ジャンの右手が冷たい鉄の扉を押しに掛かる。
重い扉、一瞬その重さにひるむ腕。
ただ、腕ひとつで押したところでどうなるものでもなさそうな扉を相手に、ジャンは梯子をもう一段上がり、次は自分の肩口で思いっきり押す。
扉はぎいぃと大きな音を立て少しずつ開く、そして、最後には扉自体の重みによりすごい速さで外側へと開かれた。
激しく床に打ち付ける扉、耳をつんずくような金属音がシャフト内部に響き渡る。
「・・・・っ!」
冷たい!
扉から体を少し出したときに最初に感じたのは、それ。
だが、そんな感情は今は必要ない。
目の前に広がるのは、思い描いた青空とは違う灰色の雨空であったが、扉の向こうには違いはない。
顔に当たる大粒の雨に、シャフト部分に入り込む薄い光。
ジャンは、そのまま自分の身を外へと乗り出す。
そこは、テント横の大きな建物の天井部分であった。
そこには平たい屋根部分があり、人が歩けるようなスペースになっていた。
その扉を開いてから数分と立っていないにも関わらず、ジャンの体はずぶ濡れに近くなっていた。
黒いTシャツも、制服のズボン部分にもじっとりと頭から激しく流れ落ちる雨水が濡らしていく。
そのまますばやく飛び出すと、扉の部分へと顔をもう一度覗かせて後ろから来るはずの人物に手を差し出す。
覗き込んだ先には、ジンがいる。
ジンもジャンと同じようにシットリと濡れだしていた。
黒い髪の毛が額や頬に張り付きだしている。彼の顔は、酷く薄汚れており今はその顔も雨に濡れてひどいものになっている。
日の光とまではいかない雨空の光だが、その光は十分に地下の暗闇世界を明るく照らすのには十分である。
そう、ジンの居る梯子よりも地上深く、ジャンはもう一人の人物の姿を捉えていた。
其の人物は、黒い覆面を身につけて地下深い場所からやはり照準機付きの銃を構えようと、こちらを狙おうとしている。
ジャンは、息を呑む。
扉のすぐ近くのジンと、地下でこちらを狙う銃口へと何度も視線を移す。
体を冷たい緊張が走り抜ける。
あいつは、俺達を殺す気だ・・。
今更、事実を目の当たりにして驚くのもおかしいのであるが、ジャンは扉のすぐそこまで上がって来ているジャンへともう一度視線をやる。
ジンの細腕は今まさに扉の外へと伸び、ジャンの足元の屋根を掴もうとしている。
が、同時にあの人物は自分の左肩へと銃床を押し当てて指をもう絞り始めているではないか。
くそっ!ちんたらしてたら、間に合わねぇよ!!!
「ジン・ソナーズ!」
「?!」