はちみつ色の狼
遠くから聞こえてくる兵士達の楽しげな会話や、雑音。
手に持ったボトルとりんごを片手に持ち替えながら、もう一度声をかけると同時にテントの入り口を開け勢い良く足を踏み込むジャン。
「・・・お邪魔しますよ。でっ、わっ!!!!」
見事にテントの入り口の端部分にある何かに足を引っ掛けてテントの中にすっ転んでいくジャン。
「!!!!!!!」
「・・・・・・。」
そして、同じく見事と言ってもいいほどの前転受身。
だがその全身受身から顔を上げようとしたジャンの青い瞳には、その様子に黒い目を丸くしたジンが足を仮に設置された机の上に乗せてふんぞり返って座っている姿が映った。
あっちゃと一旦上げた視線をまた地面へと下げて、驚きと恥ずかしさを隠そうとその場の土へと帰ろうとその転んだままの状態でいるジャンに大きな鼻息が降り注ぐ。
恐る恐る恨めしそうな顔で上を見るとさっきの驚きの表情はどこへやらなにをやってんだ?とでも言いたいような表情で睨んでいるジンがいた。
「ちょっと、様子でも見に来ただけで・・すよ。」
ぎこちなく何事もなかったかのように前方に手を着いて立ち上がりぽんぽんと膝を叩いてついた砂を払い落とす。
転んだ拍子に手から転げ落ちたりんごはテーブルのすぐ傍で見つかったが、二つあった内のもう一つ水のボトルは一応簡易で設置された小型のベットの下へ転がりこみ体の大きなジャンにはとるのに苦労することになった。
その様子をぼうっと眺めていたジンは、何かに気が付いたのかジャンの背後で苦笑をした。
「・・?」
ベットの下を覗き込んでいる為になぜジンが苦笑をしているのかは訳がわからないが、こんな格好は早く終えてしまおうと
二つに折れ曲がって小さなベットの下へと入っていくジャンのズボンの端から覗いた縞々のパンツをいたずらとばかりに勢い良く引っ張るジン、その拍子にごんんと大きな音を立ててベットの上部で頭を打ち付けるジャン。
「・・何をやってるんだ、縞々パンツ・・・・」
「いってぇ!!!!よしてくださいよっ!!」
打ち付けた頭を自分で撫でながら、ようやく探しだした物をまたもとの位置へと戻っていったジンの足の置かれた机へ乗せる。
後は自分が何につまずいたのかを確認するとそこには、朝のテント張りの時点ではテントの入り口部分を止める重しとして使用していた予備のトラックのタイヤが入り口の付近と言うか入り口の目の前に置いてあった。
「これ、めちゃ危ないし!!!・・・つうか、なんでこのタイヤがここにあるんすかっ?!」
「朝からあったよ。」
「ここじゃないでしょ?!朝は、ちゃんと入り口の幕に、こう結わいつけて扉がちゃんと開いていたはずです!」
そう、このテントの目の前に来たときに感じた違和感はそれであった。
朝の時点では、そうテントの中が見渡せる位に入り口は開放され人々を受け入れやすい、入りやすい環境が整っていたはずだ。
今は締め切られて呈のいいサウナ状態。
だが、張の本人は涼しい顔で平然と座っている。
ジンは、いつものようにシャツに白衣といった姿ではなく、珍しく軍服を身にまとっている。
その珍しい服装に思わず頭の先から足の先までまじまじと眺めてしまう。
孫にも衣装とはこれを言うのか?と思うが、これが思いのほか似合っているから驚きである。
真っ黒な軍服に袖口の黄色のラインから出る優美な手、普段なら堅く閉じられていなければならない襟ぐりは広げられ見た目にもリラックスが読み取れる。
が、締め切られたテントの中でその暑苦しい姿でいられるのは、超人だ。
ただ横の倉庫へと通じる扉は開かれていたが、その倉庫にも窓言うものは存在せず、暑さを倍増させるのは言うまでもない。
「目の前を通る人間がみんな何にも用がないのに、人の仕事を覗いて行く事を考えてみろ。怪我をしたならわかるにしても何もなくて来る意味がわからん。」
「・・・。」
図星を少し突かれてジャンはドキッとしたが、一応ここは冷静に対処せねば。
思わず見入っていた視線をタイヤの方へとやると、口を開く。
「俺は、この演習の補佐を任された隊長としてちゃんとですね・・・・、」
「なんも、言ってないだろ・・。」
「・・・。」
「それにだ、そんな風に派手に転ぶ奴もいなかった。」
「すみませんねぇ・・、派手に転んで。」
語尾が消え去っていくように言ったジャンは、ついでとばかりにそのタイヤを少し入り口付近から横へとよけて、自分はそこへと腰を掛ける。
足癖わるぅ・・。横目にその足を見ているが、ジャンの目はもっと遠くにあった興味深げな物体へと引き寄せられてしまった。
その机の上にはこの町では有名な珈琲店のロゴ入りの大き目のテイクアウト用の紙コップが2つに、まだ手がつけられていないサンドイッチの包み紙が4つも並んでいる。
見た目からして小食なんだろうけど、なんで4つも・・。
2つしか頂けなかったジャンは少しの間その4つの包みと、珈琲から目が離せなかったが、すぐにジンへと視線を変える。
ジンは、その場を立ち上がり机の上のりんごを手に持って机の中にしまわれていた椅子を引いてジャンの方へと向けてそこへ座った。
「・・珈琲すきか?」
「ええ、まぁ。」
「それじゃ、それを一つやる。」
指差したその先には、さっきから目が離せないでいる大きな珈琲カップ。
視線に気が付いていたのだろう。
「なんでですか?!」
と、いいつつも素直に珈琲のカップに手を出すジャン。
カップは重く並々に注がれているのが解る。
ぱかっとカップの蓋を取ると蒸気がふわりと立ち上がり、珈琲のいい香りが鼻をくすぐった。
珈琲を長時間置いておいたらする特有の酸っぱい匂いもない。
まぎれもなく入れたてほやほやである。
甘いその香りはミルクと言うよりもバニラのような香りである。
「バニララテ・・・っすか?!」
自分は、興味深深でとても物ほしそうな顔をしていることだろうとだいたい想像が付くがその匂いを嗅いでしまったと同時にそんなことはどこへやら。
いただきま〜すと一言だけ言うとジャンはその紙コップを唇へと近づけた。
「お前も同罪だぞ・・・。」
その行動を見終わったと同時に、ジンはにやりとしながら呟く。
ジャンは、思わずカップから唇を離してジンのそのにやりとした表情に不信感を感じながら恐る恐るたずねる事にした。
「な、なんの罪で・・?」
珈琲一杯で・・・、まさか監獄行きとかはないあろうし。
罪ってなんすか・・・。
うずまく疑問。
「その珈琲は・・・、」
ゆっくりと開かれたジンの口から漏れた言葉はそこまで重くは無かった。
「第1部隊の隊長からの差し入れだ。賄賂・・・というやつか?」
「・・・・・はあ。」
「さっきこれを届けに来たが、お前みたいに派手には行かなかったなぁ。」
「はいはい。」
投げやりに返事をしながらカップを眺めるジャン。
ポイント稼ごうってわけか・・・。
頭の中にちらりと浮かんだのは、へリングの笑顔。
複雑そうな顔をしていたが、珈琲を一口すすると思わず美味しそうな笑顔になってしまう。