はちみつ色の狼
演習は大きな事故もなく、すべては定刻どおりに進んでいた。
演習中は、第二部隊は後方部隊として第一部隊の指示に従い部下である軍曹以下も演習場所の雑用に追われていたのだが、
12時少し過ぎから始まった昼の休憩が終わるころには、もう演習場所にいる兵士達にも余裕が見え始め少し手持ち無沙汰になっていた。
昼過ぎの演習が始まるのは13時過ぎ。
昼の休憩の間にすることがいろいろとある装備部隊は、弾薬の補充も終わり、休憩に入った兵士への食料飲料の補給に、すべての人間に対する点呼が終わり、
ようやくその昼休みが半分過ぎた時点で昼休みを取ることになった。
あちらこちらで、それぞれが休憩時間を楽しんでいる。
新人達は固まって団体で楽しみながらランチを楽しみ、もう兵舎生活にも慣れた熟練の兵士達はそれぞれの時間を楽しんでいるように見えた。
さて、ジャンの手にはサンドイッチのアルミホイルが二つある。
これは昼の補給で、町のパン工場で作られたあまり美味しくないサンドイッチである。
中身はありふれたシーチキンと萎びたレタス、ハムと卵の食パンを丁度半分に切ったようなサイズである。
飲み物は、オレンジジュースに、コーヒー、紅茶などさまざまなモノが医務用テントのすぐ横に設置されており自由に飲むことが出来る。
この二つの包みは、同じく演習の準備班に当たった女性兵士から受け取ったものである。
背が高く腹の肉付き(筋肉とも言う)を考えて、2つでないと足りないと考えられたのだろう、ジャンはありがたく受け取っておいた。
朝から準備に追われて朝ごはんも食べていないのだ、本当なら味はともかくとして4個でも5個でも食べたいところである。
まあ、後で残り物がないか見に行くのも手かもしれないなと少し考えながら広場の隅の廃工場で丁度日陰になる場所を選び座り込んでいた。
男の兵士には少し少なすぎるかもしれないなと思いながら食べたサンドイッチであるが、実際この後にまた演習で動くことになる兵士にとっては丁度いいサイズなのかもしれないなと思い返していた。
ジャンは、手の中に残るサンドイッチを口の中に一気に突っ込んでもごもごと遣りながら、そのまま後ろへと突っ伏す。
突っ伏したと同時に、頭の後ろで煙のような土ぼこリが立つのだが、いまはもう気にもならないほどに汚れている。
朝には綺麗だったTシャツも今の時点では黒いのに土や砂で汚れて灰色がかってしまっている。
「・・・つっかれたぁ・・。」
視線の先には、廃工場の建物の屋根部分と青い空。
寝こけたまんまで、ズボンのポケットに手を突っ込むとそこにはくしゃりと潰れたタバコが2本入っている。
別段大きな動きをした訳でもないのであるが、タバコの箱自体が見る影もなく潰れていてその中のタバコは同じことになっている。
昨日の朝に購買でかったのになぁ。
ぼうっとしながら、そのうちの一本を取り出して他の一本は箱に戻して反対のポケットの中に潜んでいたライターで火をつける。
煙が立ち昇る。もあっとした煙が揺れ動きながら、上空へと昇っていくのを観賞しながら上へと視線をうつす。
屋根部分の先端には、建物に同化しそうな灰色の鉄の柵が施されており、昔はそこは屋上をして工場員が使用したような雰囲気を醸し出している。
時折、何かがキラキラと光り視界の隅に入ってきたが、ジャンはあまり気にはしなかった。
なんせ、今日の演習前に実地準備班である第一部隊が周辺に危険がないかどうかをチェックをしているはずなのである。
第二部隊であるジャンは、資料、場所と武器の確保が最優先事項であり、この演習の当日は雑務のみをカバーすると言うお手軽さもあるのである。
まあ、それまでが色々と大変ではあるが。
そう、普段であればもしかするとライフルで何者かが狙っている?それとも、昼間に幽霊とか?などと言う妄想に取り付かれるところであるが、その光もすぐに消え去りジャンの脳裏には残ることはなかった。
視線を建物から空へと移動させる。
空には、1つだけ雲が漂っていた。
白く小さな、今にも消えそうな雲。
ジャンはそれを見ながらタバコを口から離すと、手に持っていたもう一つの包み紙を開けてサンドイッチを取り出すとまた一息に口に入れてほうばった。
頭の下に腕を敷き、目を閉じる。
ふわふわとした気持ち、居眠りでもしてしまいそうな・・・・。
「!!!だめだだめだ。」
眠たい頭を自身で揺り動かす。
パンの食べすぎか?それとも、タバコのすいすぎか?口はカラカラに渇き、潤いを求めている。
簡単に言えば、飲み物を求めていた。
「よいっしょ・・と。」
タバコを口に運びなおして、起き上がり同じくズボンをはたいて立ち上がる。
演習の準備係であったとはいえ、飲み物のチョイスまではしていない。
出来ればうまいコーヒーがあればいいのになぁと思いながら、ジャンは歩き出した。
テント張りの給水所には、長机が設けられておりその上にはボトルの水に、りんごやオレンジやバナナなどのフルーツ、珈琲のサーバーが置かれている。
先ほどまでは引っ切り無しに在った人影も、一時の繁盛期を終えたのかまばらになっていた。
2,3人の兵士が近くでしゃべっているだけで別段そこに置かれた珈琲に手をつける訳でもない。
他の人間も、もう十分に飲んだのか補給できたのか各自木陰に入ったり、建物の影で休息をとっていた。
ジャンは、同じく長机の上にあった紙のコップに手を出し、目の前のものを選別する。
まあ、選別するまでもないのはわかっている。
実は、このテント張りの給水所も、ここで出されている飲み物、フルーツもジャン達の部隊が用意したものである。
ただ、珈琲だけはサンドイッチと同じパン屋が朝の演習が始まる前に届けたものである。
珈琲は保温されておりまだ湯気の立つ暖かいものであった。
が、案の上コーヒーはどれもいけると言えるようなものは無かった。
一応でんと置かれたコーヒーサーバーには並々とコーヒーはあるのであるが、
いかんせんじっくりと朝からその場で温められたその液体は少しだけ酸っぱい匂いを発生させている。
まあ、豆から引いたものをモノをここで飲ませてもらえるとは考えては居なかったが、珈琲くらいいいのを飲みたい・・。
「・・・。」
ジャンは手に持った紙コップにその液体を注ぎ込もうかと一旦考えたが、手を止めるとその紙コップも元の位置へと置くと
そばにあった同じく支給品である水のペットボトルを変わりに手に取った。
無言のまま、キャップをまわし取るとすぐさま口へと運ぶ。
ごくんごくんと勢い良く飲むと、口の中へと運びきれなかった液体が喉を伝いTシャツを濡らして行った。
幾分か、渇きの収まった咥内と、少しひんやりと湿ったTシャツの襟。
残り少ないボトル内の水は自らの干上がって乾燥した頭から掛けてぶるぶると頭を振る。
半分以上はもしかすると空気中に蒸発したのではないかと思うくらいにすぐに乾燥し始める頭。
目の前に垂れてきた水分と共に、額の髪の毛を後ろへと撫で付ける。