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はちみつ色の狼

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するとカーテンの向こうから申し訳程度に聞こえてくる小さな、でも心地よい声が聞こえてきた。

・・いい声だな。

自然にそう思ってしまう。
先ほどまでは自分の腕でいっぱいいっぱいだったので、気が付かなかったが多分、ジンが電話でもしているのだろう。
相手は、多分大佐辺りか。

ジャンは、聞く耳を立てるつもりではなかったが、仕事上からだろうか?話の内容が以前見つけた緑の遺体の話だったからであろうか?
思わず話に聞き入ってしまった。


「事件に関してだけではなく、すべてにおいて疑問があるよ。」
「X線で写真を撮っていれば、球状のカプセルが体内に埋まっていた事は容易くわかったはずだ。」
「・・・、」
「誰の指示でそうなったんだ?」
「・・・」
「ついでに言うと、この遺体の死因はまったく別物である。」

時折、無言になるジン。
静けさが、室内を包む込み、ジャンは思わず息を飲み込んだ。
話の内容は確かに、例の事件の遺体。
上層部ではもう、犯人が絞り込まれているのかもしれないな。

「毒物、」
「イペリット、ルイサイト」
「猛毒の一種で無臭、皮膚に対して強烈なアレルギー、肺浮腫を起こし一分以内に窒息による致死させる恐ろしいガス。」
「これは、ガスなので結晶状のものとは関係ない。」
「砒素、青酸の可能性。」
「砒素は即効性はないが、青酸は即効性がある毒物。」
「不思議なことに、この死体はボトックスのし過ぎか、局所ジストニアで治療をした人間。」


毒物関係の難しい言葉を呟き続けるジン、カーテン越しに見ることのできる影は右へ左へとゆっくりと一定のスピードで移動していく。

「ああ、わかった。何か出たら、知らせる。」
「・・・・。」

また、無言になる。
しばらくすると”がたん”という音がなり、ジンが椅子に座ったのだとジャンは思った。


「・・・・医者なのに、毒に詳しいんすか?」


別段、ジャンがカーテン越しに話しかけた事には驚きはないようだ。
いつ起きた?などの質問もなくジンは、その言葉に答える。

「毒をもって毒を制すと言う言葉があるだろう。」
「・・・へぇ。」
「・・・なんだ?気に入らないか?」
「・・いいえ、別に。」

ジャンは、そういいながら白いカーテンを開け、身を乗り出す。
ベットに横向けにすわり直すと、ベットの下にあった自らのブーツを探し出しすぐさまその中に足を突っ込みすっくと立ち上がった。
いまだに眩暈は感じるものの、先ほどよりは大分気分はいい。
壁に掛けられた時計を見ると時計は2時間後を指していた。
大分眠ったのも、良かったのかもしれないなと心の中で呟く。
無言でその場に立っているジャンをおかしく思ったのか、上目使いにそれも、眼鏡越しに見つめるジン。
ジンは、「はぁ」と大きなため息をつくと手にしていた資料をすぐ横にある机に卸し、眼鏡を外して目をこする。

「良薬口に苦しって言葉もある。」

ジンは顔色一つ変えずに、そう言い切るとまた、資料へと目を移す。
もうすでに自分の頭はその毒物やなんかの事からは遠ざかっているのにもかかわらず、ジンは未だにジャンがそれを気にしているのかと気に掛けたようにそう呟く。
彼も疲れているのであろう。
仕事とは言え、普段ならこの兵舎の死んだ軍医達3人のこなす大量な仕事を一手に引き受けているわけだ。
怪我の治療、見学者の応対。そして、大佐からの毒薬に関する知識の質問。疲れもする。
大佐と言う立場を隠してまで、医者を選ぶ意味が平の兵士であるジャンには到底理解出来かねると、心の中で呟く。
大佐と立場を利用すれば、こんなに薄汚れた医務室で感染症でもありそうな病人や小さな切傷で来る兵士などを見なくても
大金が転がり込んでくると言うものである。
昔、自分の上司であった男は、この大佐軍医よりも年寄りであったが、もっと自分の出世の事ばかりを考えて、自分の身分を省みないこの大佐とは違うもっと利己的な人間であった。
それが、上層の人間なのであろうと思い込んでいたが、この男はわからない。
毒をもって毒を制すと言う意味は、それを使ってどうこうしようという意味なのだろうか?
毒の研究は、人殺しの道具に過ぎないと言う意味なのだろうか?
医師である前に大佐の仕事を優先しているのだろうか?
全くこの男の真意が読めない、ジャンは眉間に静かに皺を寄せる。
それを知ってか知らずかジンはと言うと、ジャンを通り越して壁の方に視線をやり聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。

「軍医が、すべての毒の研究をしていないと思わぬ事で大惨事を招く恐れもある。
軍の医者にもなると毒の研究で助かる命も助けられない現実もある。任務に戦場、ありとあらゆるシーンで毒は兵器として使われ、使い方によっては毒を殺す毒もある。」
「・・・・はい。」

そのジンの言葉を聴き、まっすぐな性格をした人間なのかもしれないとジャンは思った。
ひねくれた態度をとるが、それは照れ隠しなのかもしれないと。
かわいい人なんだ・・。
ジンの事をそう素直に思った。

「俺は、多くの人間を助けたい。・・・ただ、そういうことだ。」
「・・はい。」

そんな真面目な話をしていたジンだったが、時計に目をやり途端に我に返ったように大きな声をだした。

「お前の休憩は終わりだ!暇そうな顔してないでしっかり仕事をしてこいっ。その重たい尻をうごかせ!」

言われようだな・・・。とジャンは、苦笑しながら頭を掻く。
先ほどとは打って変わって、雰囲気の変わったジンを見て苦笑も漏れ出す。
そして、ジャンはポンと手を叩く。
そう、研修のことで思い出したのだ。一つ足りなかったもの。
今日身をもって経験したこと。

「あ、・・・そうだ。」

足りなかったのは、一つ!


付き添いの医師!!
頭に思い浮かんだ疑問の答えは、教本に載っていたのだ。

教本<研修・演習の内容>P52

大規模の演習には、必ず同行医師をつけることになる。
演習には、実弾は使用しない。ペイント弾を使用するが威力はさほどかわりはない。
銃は、マガジン式の物を使用し、すべてのマガジンはペイント弾の物と交換をする。
もしもと言う事は無いが、演習場所に基地局を設置し、医師を配置。
何か在った場合、ミスが起きた場合、怪我を負った場合は、自らのチームのグループリーダーに報告、そこへ行く。
演習は、赤、黒のグループに別れ赤からの攻撃からはじめ、黒が防御に回る。後に、交代。
テロリストに扮した相手チームを制圧すれば終了となる。

内容は、ともかくとして『医師』は、この兵舎に今やただの一人だけ。
『ジン・ソナーズ』ただ一人なのである。
ジャンは真面目そうな顔の延長線で、そのままジンの顔をじっくりと覗き込む。
その様子を見てジンは眉間に皺をよせて不審げな顔で、視線をそらそうとしながら一応、聞きたくはなさそうだがたずねる。
どうせろくな事はないと言うのが、表情に表れているのがありありと見て取れる。

「・・・なんだ?」
「あの・・・・、演習の付添いになってもらえないっすか?」


「他の、医者に・・・・、っ!」

そう自分で言った後に、あっという表情を浮かべるジン。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央