はちみつ色の狼
しくはっくして剥がそうとするが、上手くいかない。捲り上げたい部分には傷口の瘡蓋状態に加えてジャンの金髪の腕の毛が同じようにくっ付きあっている。
「・・いでっ、!!!」
ゆっくりと剥いで行こうとするジャン。
もちろんびっと勢いよく行けばいいのだが、また少しだけ止まっていた血液をまた滴らせることになる。
いつのまに近くに寄ってきたのか、ジンはさっきまで遠くにあった治療台と座ってた椅子をジャンの近くへと寄せていた。
そして、少しの間その場でピンセット片手にその様子を静かに見つめていたが、その内、業を煮やしたのか持っていたピンセットを治療台の上に置き立ち上がる。
「少尉、・・・。」
「はい、」
「俺は、これに一日中付き合えない・・・。」
そりゃ、わかってますが!!!と思わず反論するジャンに、ジンは同じく治療台に載せていた何やら水溶液のはいったボトルを手にするとジンの傷の上へと振りかけた。
映画か、漫画のようにその液体が降りかかった部分から出る気体。
しゅわっと言う炭酸が弾ける様な音とともに、ジャンを襲う強烈な痛み。
「!!!!!!!ぃっ!!!!!!!!!!」
「よほど、汚い場所で作業してたんだな・・。」
「いだぁ!!!!」
「腕が落ちないだけましだろう。」
痛みに眉を潜ませるジャンの肘に、ふうふうとやさしく息を吹き掛けてくるジン。
その風は、ジャンの痛む肘を優しく包み込む。
炭酸のような泡は消されて、その優しい感触だけが腕に広がり、痛みによって思わず背けた顔を戻すと瞳を閉じ、小さく尖らされた唇から息を吹きかけるジンの顔が目に入る。
鼻腔にふんわりと香ってくる金木犀のようなかすかな香り。
やっばい・・。
非常にやばい。
思わず息を飲み込んでしまうジャン。
突然、思い出したシルベウスの夜の出来事。
唇、背中のぬくもり・・・。
ただの一時の気の迷いだと思っていた感情がまた舞い戻ってきた。
戦闘でも、演習でも普段の恋愛でもこの手の胸のどきどきはあまりない、冷静な方だと思っていたのに。
今は、ジンの微かな動きからも目が離せない自分がいることに気がついてしまった。
「・・・睨むなよ、ただ単なる消毒液だろ。男がこんな小さいことでウジウジと・・・。」
それを勘違いしたのか恨めしそうにぶつぶつと呟きながら、ジャンの肘の近くから明らかに睨みつけているジン。
見えにくいっと椅子から立ち上がり、すぐ傍の書類机の上に置かれていた鋏を手に同じようにそこに置かれていた眼鏡を掛けるとこちらへと戻ってくる。
ジンは、その鋏をジャンのシャツの右袖部分に当て、注意深く切って行く。
しゃきしゃきと布の切れる心地のいい音。
その動きを見つめていたジャンの眉は今は違う意味で顰められている。
あの日と、次の日のトイレでちょっと喋った以外にはまったく接点の無かった人物に、何をどきどきしてるんだ、俺。
今は、白衣に身を包み細身の眼鏡をしこちらへと帰ってくるジン。
頭を下に下げて肘の怪我を診るジン。
黒髪がさらりと流れて首筋からうなじが覗く。
「・・・ぅぉ」
目の毒とばかりに思わず目をそらして、ジャンは天井を見上げる。
意識をそらそうとすると、その方向へと意識が集中してしまいそれしか考えられない状況を自ら作り出す。
なんちゅう、細くて白いうなじなんじゃ・・・。
「うぉ??」
変な奴だっと、一言言うと治療台の上のピンセットを手に取り、ジンはにやりと笑う。
なんだ?と先ほどのうぉ発言で正面にいるジンに向き直しその笑顔を見て、首を捻るジャン。
「・・・・なんすか?」
その笑顔から手に持たれたピンセットの先に取り付けられた針と糸を見てごくりと息を呑む。
その針は釣り針のように大きく湾曲したタイプの見た目にも圧倒されそうなものである。
「大丈夫、お前はただ静かに・・?」
「・・何?!」
猫撫でのように優しそうな声で喋り出したと思うと、急に考え込むように上を見る仕草をするジンに、少々ビクつきながら
「・・・麻酔するべきか?」
そう、さらっと言いつつ、血がまた滴り始めていたジャンの腕にそのでかくて鋭い針をすでにつき立てているジン。
「!!!EQKEJO!IP!""E!!」
思わず、声にならない声で天井を見るジャン。
そのまま立ち上がると、その表紙に治療台の上に載っていたファイルが床へと落ちる。
医務室の外まで響く叫び声。ジンは、危険を感じたのか手を針から離している。
今、この部屋の目の前を通った人間がいたとすれば恐怖に慄くほどのインパクトがあったに違いないが廊下は静かなものである。
ジャンは、2針目の途中の針が腕にくっついたままの状態で、その場を熊のように右左、左右と忙しく動き回っていたがそのうちに
床に散らばった記入用のファイルと自分の待ち散らした血液に足をとられてその場で思いっきりこけてしまった。
ごいんと激しい音がこだまする室内。
「・・・・・・ぅっわっ・・・・て・・」
頭は打たなかったものの腰をしこたま打ち、身を小さくしてその場でうずくまるジャン。
それに加え血液不足、それによって引き起こされた貧血でジャンはその場で気を失った。
ジンは、その様子を別段気に留めた様子も無く、てきぱきとその針でジャンの腕を縫い進めていく。
「・・男のくせにぴーぴーと」
薄れ行く記憶の中で最後にジャンが聞いたのは、ジンの一言であった。
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何分くらい、気を失ったのだろうか?
ここは医務室であろう。
白いカーテンの引かれたベットに手厚く寝かされているようであった。
白いシーツを被せられており、そのシーツはぱりりと糊付けされたような清潔感のあるものであった。
匂いは、特有の消毒薬の香り。
正直、格好が悪い。
あんなでかくて長い針で麻酔無しに縫われたのは初めてでその痛みは、しりの穴に入りもしないスイカでも詰め込んだような痛みであった。
女性が赤ちゃんを生み出す痛みはもっと酷いらしいが・・、俺には無理だと一人ごちる。
銃で撃たれたからといっても、あんな気絶する程の痛みなんかは感じたこともないし、腕の傷も麻酔さえしてくれればあんな失態はしなかった。
シーツを外し、上半身をベットから起こそうとするがなかなかうまくはいかない。
右腕で体を支えようと踏ん張るも、その腕に傷を負っているのだ。
しこたま打ち付けた腰も少し痛むが、それ以外には腕の傷くらいしか痛むところはない。
少しだけ右腕に痺れるような痛みを感じながら、上半身を起こし腕の縫われた箇所を見る。
しかし、その場所は包帯によって見ることはできなかった。
大きな傷だったのだろうか?包帯は大きく幅を取り傷を覆い隠していて見ることはできない。
ただ、腕を上へと上げると皮膚が引きつる様な感触に襲われるだけで別段他には支障はない。
ほうと、一応商売道具である右腕の無事に胸を撫で下ろしてもう一度、上半身をベットへと倒れこます。