はちみつ色の狼
どっから来たこれっ?!!!
触った感じ顔に傷があるような切れた様子もなし、怪我をした訳では無さそうだ。
・・・・が、右の手の平の血はどこから来たのだろうか?
その平を見つめながらある事に気が付いたジャン。
上から下へと流れ落ちている。
重力にしたがって。
そりゃ、この星に住んでいれば当たり前のことではあるが・・・。
だが、その出発地点はやはり自分なのである。
「??」
ジャンは、手のひらへと未だ大粒で滴る血液を見ながらその視線を上げていく。
どくんどくんと波打つ感覚が、先ほど汗を拭いた袖辺りから感じる。
「・・・・・・。」
すっと移した先にいた補佐官の視線が、丁度ジャンの肘のほうへと向いているの事に気が付いた。
その辺りに自分も視線を移すジャン。
そこには、何処かで引っ掛けたのか破れてしまった黒の軍隊Tシャツの右肘部分。
そして、よくその部分を見ると、黒いTシャツの裂けたひじ部分は大惨事のような状況であった。
さきほどのあほ話(かっこいい診療医が来たとか、こないとか、垂れ目がだめ?とか)の際に、金網の切り取り部分がジャンめがけて戻ってきた時にでも服は、破れたのであろう。
しかもそのシャツの下から滴る血液は、本人が見てもスプラッターである。
元来、スプラッターが嫌いなジャンはひどい眩暈を感じたが、呆然と目の前で立ち尽くすだけの補佐官はなんの助けにもならないと腹をくくる。
よくよく見てみると、上腕からひじかけて5センチくらい切れており、金網についていた鉄の格子目の壊れた部分が皮膚を抉ったのか流れ落ちる血にまぎれて少しだけピンクの皮膚組織が見えている。
痛かったには、痛かったけど、ここまで酷いとは思ってはいなかったと言うのが現状である。
ジャンはげっと顔をしかめ、その血の部分から視線をそらすと自分の反対側の手でその部分を締め付けて圧迫すると血液は幾分流れ落ちるのが収まったような気がした。
が、気がしたのは気のせいでボタボタと言う音をたてながら流れ落ちていく血液。
まるで誰かに腹部でも刺されたかのように、肘から直接落ちた血液は腹部辺りを重点的に汚している。
見れば見るほどに痛みと眩暈を覚える。
それはそうだ、簡単に言ってしまえばただの切り傷だが、こうじっくりと眺めると抉られた部分にピンクの皮膚が見えるほど。
普段はそうそう見ることのない皮膚の下の皮下脂肪っていうやつだなっと考えながらも、ジャンはその腕を振る。
まだまだ元気に動くその腕を見てつぶやくのはごく当たり前のこと。
「筋肉は、大丈夫みたいだけ・・・ど、」
「・・・・・。」
未だに、その様子を眺めている補佐官。
顔色は青いのを通り越して白くなっている。
「!!!いってぇっ・・・。」
舐めて直せるレベルでは無さそうだな・・・。
とのんびり考えるが、体内の血液はどんどんと減っていく。
しくはっくしながらも、自らで持っていたベルトでその部分を止血しようとするが、うまくいかない。
猫の手でも借りたいくらいなのに・・・、
ちらりと補佐官の方をみるが、彼女の方が怪我をして今にも倒れそうな表情をしてその場に座り込んでしまっている。
自分の血液がすべて抜け切るのが早いか、ベルトで止血ができるのが早いか、大分あせり出したそのとき、
「なんだぁ、・・ジャンかぁ。」
突然、頭に降り注ぐ知った声。
ジャンは、あわてて振り返るとそこにはルイスともう一人の補佐官が立っていた。
もちろん、もう一人の補佐官もジャンの腕を見て貧血でも起こしたのか、同様にその場に座り込んでしまいそうになるのを必死に我慢しているようであった。
たすけてーと悲鳴にも似た声を出しながらルイスを見やると、その傷を見るなりジャンの手からベルトを奪い取り手際よくその部分を止血していく。
かなりの手際の良さだ。
「・・本当に、助かった・・。ありがとうな、ルイスぅ。」
「いいえぇ、でも、なんだぁ・・・。」
「・・?なんだよ、そのなんだぁは?」
少し、眩暈を感じながらもルイスの肩へともたれ掛かるジャン。
首を捻り、ルイスの次なる言葉を待つ。
「お前さぁ・・、怪我作ってまで医者センセイのチェックしにいっちゃうわけ・・?」
にやにやと笑いながらルイスが言い放った言葉に、またしても頭痛を感じる。
「・・・・・・俺は、お前らとは違うわ・・」
ぼそりと呟いた言葉であったが、ルイスの地獄耳は聞き逃すはずがない。
「お前らって、誰よ?」
「・・・つか、お前大丈夫かぁ〜?とか、そう言う言葉ないわけ?」
「だいじょうぶか〜?俺、ついていこうか?」
「いいわい!!」
そうこうしている内にルイスは、補佐官とともに一回りしてくると言うことだったので、それは任せてもう一人の補佐官に運転を任せて基地へと帰り医務室へと行くことになった。
そして、ただいま噂の医務室の前。
補佐官は医務室の中まで付き添うと言っていたのだが、その目的は単なる付き添いではなく噂の医師をチェックすることだろうと見定めたジャンは自分の仕事に戻るようにといいつけ、彼女を渋々自分の任務に帰らせることに成功した。
扉を開けると、そこには数日振りに見るジンの姿があった。
白衣に身を包み、その袖をめくり机に手を突きながら開いた扉の方をぼんやりと眺めている。
「しつれいします・・・。」
一応一礼をして、治療される人物の為にあるであろう丸い椅子へと腰をかける。
その様子をじっくりと見ているジン。
「なんだ、お前か・・。」
「・・・なんだは、ないでしょうが。俺、けが人ですし。」
「しょうがないな。」
「・・しょうがないも、ないですよ。」
無意識的に思わず自分の心臓部分を確認するジャン。
だが、胸には何も高鳴りもない。
「そういえば、お前に質問何だが・・・・、」
「なんです?」
「ここの地区の軍人は、そんなに医者がめずらしいのか?」
「はぁ?」
「お前を含め、医者を見学するツアーでもあるかのように来る。」
「普通に、演習か研修で怪我した人間や大怪我の人間も来るが・・・、ただ挨拶しにくる奴もいる。」
「・・・・。」
そのうちの数名が俺の隊員です。
そして、その演習か研修で大怪我したやつは俺ですか?と思わず、口ごもってしまう。
そんな中、ジンはジャンの腕を掴むと自分もジャンの目の前にある回る小さな椅子へと座り、腕を捲くる様にと指示を出す。
ジンは、それだけを言い残すと自分は目の前の椅子から立ち上がり、治療台に必要であろう物を引き出しの中から取り出しては乗せていく。
診療用の記入ファイルに、消毒液、ピンセットに、小さな綿を丸めたもの、いろいろなモノが探し出されては乗せられていく。
手際がいい。さすが、医者というだけはアル。
ジャンは作業時の黒い半袖のTシャツしか着てはいないのだが、ずっと締め付けられていたベルトによって、そのTシャツの端がどうもその傷口に纏わり付いているのかなかなか取れない。
押さえつけていた際にそのTシャツも一緒に押さえつけていたのだろうか、少しだけ乾燥しかけた傷口に張り付いたような形であった。