はちみつ色の狼
2 He dislike paper work.
翌朝一番の仕事は、昨日行った任務の書類を出せとのことで朝一で机に向かう事だった。
任務の纏めと言う仕事なんて、大体テロ鎮圧部隊の長がすれば済む事なのに、何故なのかいつでも下っ端は良い様に使われる。
ジャンの性格からして、上司の命令とは言えこういう地道な作業もこなしてこその長と言う存在であって
本当なら断ってしまいたいのは山々ではあったけど、あちらはあちらで遣らなければいけない仕事が山ほどあると言われれば、
しょうがなくするしかないと渋々承諾せざるを得なかった。
机の上には、昨日の雑用の資料に、この任務の書類の資料、他にも色々と載せられており、
すべてが一心同体というのであろうかまるで山のように盛られていた。
そして、その資料を基にしていつもどおり何処かから頂いてきた薬局の名前の入った安物のペンを手に取り、書類を作成していく。
ジャンは、資料作成にコンピューターなどは使用しない。だいたいの書類は手作業で作成しそれに判を付いて上へと上げていく。
なぜなら、たまにこの荒涼な山の頂の上にリラックス用にと作ったコーヒーの入ったマグカップなどが
乗せられているようなことがしばしばあり、それを忘れて何かの拍子に零す事がたまにあるのだ。
以前に一台一行に数分掛かって書き上げた書類と高価なコンピューターを、お釈迦にしたことがあった。
ようするに自分の不注意で起こった事故ではあるが、書類だけならまだしも高価な電話の類、
コンピューターなどの機械類の類を壊してそれを自分の給料から補填するなどと言う賞も無いことにお金を掛けないためにも、
それ以来、机の上には機械類を置くことはない。
実際本人も機械音痴で在ると言うのを自負している為、置いてあっても使わなければ勿体無いだけなのは目に見えていると言う
現実もあるのであるが。
まあそれは置いといて隊の室内は、むさくるしい。
男が寄ってたかって机に座ってうんうん唸っているのだからもっと、むさくるしい。
正直、銃を触るかそれを手入れするか、身体を鍛えるかしか能が無いここの部署の連中に、
書類仕事をさせること自体が間違いだとおもうのだが。
無頓着に置かれた使いさしの資料や、いらなくなった紙の束が散在し、それを蹴散らして歩く輩もいる為部屋は四六時中汚れていた。
誰かが片付ければ済むと言う話だが、ここにいる誰しも誰かがするそれを望んでおり、実際に手をつける者は無に等しい。
軍人なんてそんなものだ。
上のもの、この場合この隊の隊長であるジャンが言えば綺麗に整頓されるかもしれないが、
この隊長本人の机の上を見て如何こうしようとする人間がいないのも頷ける事実であるし、この机の持ち主に整頓を心がけろと言われても
まず、自分が始めろと言われるのは目に見えている。。
ジャンは、ペンを握り直して、もう一度自分の書いた文章を上の行から順に口篭りながら読み直していく。
眉間に寄っていく皺と、机を無意味に叩くペンの音。
日付の間違いは無いか、場所の名前、配置されていた隊に、人数、名前、任務の内容など、読み返していくが、
ざっと見たところ間違いはない。
あとは、任務での負傷者の処理などやテロリストの人物の照会。
まだ、やることはあるが負傷者の件はもうすでに保険医の先生から頂いた資料を提出物に付けるだけと、
テロリストの照会も指紋からの照合がもう終わっている頃であろう。
うんうん、もうすぐ終わりっ自分自身で頷きながら首を鳴らす。
ずっと座りとおしで、書類とにらめっこをしていると首も肩も凝る。
もうすぐ終わると言う気持ちからリラックスする体と、それと共に行儀の悪くなる足。
どんと足を隣の空き机の上に乗せる。
身体はもう、タバコとおいしい珈琲を求めているがあと一分張りしなければ終わらない。
が、突如として首筋と耳に違和感。
「・・・ひょっ・・・!!!!!!」
変な声が出ると同時に、握っていたペンが書類と書類の隙間へと転がり込んでいく。
「ああぁ・・・ペン・・・・。」
性懲りもなく、もう一度首筋と耳にふうっと息が吹き掛けられ、また声を出しながら身体を震わす。
首筋の弱さを知っていて、こういうしょうも無いことをする奴は、この兵舎には一人しかいない。
「ルイス!!もう、やめろって。俺、時間ないの知ってるだろっ?!」
椅子ごとクルリと振り返ると思ったとおり、同僚のふさふさとした赤毛のカールヘアのルイス・スマイルが後ろに静かに立っていた。
軍から支給されている黒ユニフォームは、彼にはいつも大きすぎるのではないかとしょうもない心配をするが、彼はいつもファッショナブルに決めている。
いつもただ、ユニフォームの黒スラックスと白シャツのジャンとは大違いである。
今のルイスはファミリーネームの如く、顔には笑顔を浮かべながらジャンの座る椅子を尋常ではないほど、
ごんっ、がつんっと鉄入りブーツでなにかを破壊しそうな音をさせ、いつ壊れてもおかしくないくらいの勢いで蹴ってくる。
普段から変なことをする人間だがここまで変なことをするのは、おかしい。
「なっ、なに?ルイス・・・?」
やんわりと、そしてゆっくりと書類から顔を本格的に上げてルイスの顔を見る。
やはり、なんだか怒っているような気配・・。
「昨日は、無事に済んだよ・・。」
「きのう・・・って?なんだっけ?」
「・・・忘れてんのっお前!」
急に語尾が強くなる。
「ヘンダーソンズで、何時間待ってたと思っているんだろうか、シルバーマン少尉殿?」
「ヘンダー・・・・!!!!」
『ヘンダーソンズ』と言う名前を聞いてぴんと来た。
しまったと言う顔で口元を押さえるジャンと、それとは対照的に笑顔のルイス。
昨日のヘンダーソンと言えば、ルイスの26回目の誕生日会で、その場で彼女を紹介してやると言う
呈のいい、合同コンパであったのだ。
人数が足りないので、7時にいつものパブ『ヘンダーソン』へと言う話であったが、
テロリストとの攻防で疲れ切ったジャンは、そのままベットに入ってバタンキューであった。
約束していたことさえも、全く思い出せないほどであったと言いたいが、ルイスには言い訳にしか聞こえないだろう。
こんな笑顔をしているルイスは何か企んでいるしか思えない。
「誕生日プレゼントは、ちゃんと」
「しょうがないから、今日の仕事を手伝ってくれたら許してやるよ。・・・な。」
まるで聞く耳持たないような早口で言い放つルイス。
もちろん天使のような笑顔はそこにあるが、雰囲気は悪魔そのものである。
「ごめんなさい・・・。でも、テロ・・・・っ、」
「・・・知ってる。でも、彼女達にはその言葉は通用しなかったよ。で、返事は?」
有無を言わさない、笑顔。答えは決まっている。
「Yes,sir・・・」
「よろしい。砂漠地帯の宝探しの任務だよ。俺は、後方支援する。」