小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

はちみつ色の狼

INDEX|34ページ/101ページ|

次のページ前のページ
 

11 First inpretion.



大佐とは言え、身分を隠している医師”ジン・ソナーズ”の紹介は3日経った今でも、何の音沙汰もなかった。

事故の次の日にその姿をトイレの中で見かけ、本人からこちらへの移動を耳にしていたジャンはその対応に少し首を傾げていた。
それは多分引き継ぎ事項やなんかで手間取った事も関係しているのかもしれないが、疑問は頭をよぎる。
エレノア大佐は、物事を遅延するような人間ではないことは色々な演習や仕事の付き合いなので知っていたので、疑問は深くなるばかり。
同じく、医務室のまえには、管理者以外立ち入り禁止の紙が張られ、人を拒んでいる気配すらした。

だが、しかし4日目の朝、事態は急展開を見せる。

昇降口のすぐ横にある掲示板に小さな一枚の辞令が張り出されたのだ。
その紙は本当に小さく、まるで別に目立たせようとした気配は無いのだが、ピンク色と言うなんともかわいらしい着色つき、それでいて他の資料や掲示板の紙の質とは明らかに違い、そこを通りかかる人間の興味を引くのに十分な効果を上げていた。
そこには、ただ一行『辞令:ジン・ソナーズ:医務室配属』とだけ書かれていた。

「・・・・」

ジャンも、もちろんその紙を目撃した人物の一人である。
それを見て少し苦笑を浮かべたのもしょうがない。
多分、エレノア大佐は目立たないようにこの小さなサイズの紙で辞令を張り出したのだろうが、この色とこの時期がまずかった。
研修や、演習の類が重なるこの時期、皆が皆この掲示板を見るわけではないが、・・・・見るものの方が今は多いこの時期。
普段掲示板というものを見たことがない、ジャンでさえもこの時期は毎朝チェックをするのだからしない人間の方がおかしい。

そして、”惚れたはれた話”や”どこの部署かにかわいい女の子がいる話”なら兎も角として、普段から特に目立ったニュースのないこの軍内部、突然張り出された小さな小さなピンクの辞令は大きなニュースであった。
それこそ、別段朝礼や集礼やなんかで新しい医者が医務室に来たなんて言う知らせは無かったのだが、その掲示板の威力かその日の昼休みを少し過ぎた時点で廊下や休憩室、トイレなんかではその話題で持ちきりになっているようであり、
ジャンとルイスの仕事部屋もその例に習っているのかいないのか、その話題は蔓延しているようである。

ジャンとルイスのいる部屋は2団部屋と称され、銃撃部隊の兵士が書類整理をする部屋として普段割り当てられている。
二人のほかに、軍曹、准尉、兵曹長の5名が他の仕事が無い限り溜まっていた。
この時期だけは部隊長としてこの部屋にいることが多いジャンだったが、普段は大佐であるエレノアの一言で違う仕事に付くと言うのは珍しくはない。
この間も、大佐の命令で護衛とは名ばかりのなんだか頼り無さそうな人物を護送や、市民警察の仕事を手伝いにいったりとやることは他にもある。
ある意味、この戦争が無い時代この部隊にしろ、どこの部隊にしろ、呈のいい市民からの雑用が押し付けられることも多々ある。
国民の税金で飯を食べさせていただいている以上当たり前だと言う気持ちで働かなければいけないと常々教え込まされているので、皆文句は言えない。
所詮、部隊長とは言え、執務室の大佐付きの犬としてなんでもかんでもするのが、通例である。

いつもは、もの静かで冷静沈着と有名な准尉のカール・ジルバも、兵曹長のジュン・コメダも朝からその話題で盛り上がっていた。
東部系のオリエンタルな顔立ちのジュンと色白で綺麗な顔立ちのカール。
そういえば、この間この二人について女性兵士がらみの噂が多々あると聞いたが頷けることであるとジャンはこっそり思っていた。
背の高さではジャンに負けないくらいにすらりとした二人が、何かのついでだろうか?自ら手がける書類を捲りながら話す。

「新しい医師は、どういう方だろうな・・。」
「さぁ、私が聞いた話によると東部の人間らしいと言うことくらいだ、カール。」
「そうなのか・・ジュンのような顔立ちなのかな?」

二人の心地よい、テノールの声が部屋の中へとこだまする。
ジャンは、書類を見つつ耳をそちらへと向けていた。
二人の会話の内容は筒抜けと言うか、多分ジャンにも話しかけようとしているのだろう。
案の定、二人は振りぬき様にジャンに質問をする。

「少尉もお聞きになられたんですか?」
「・・ああ、まあな。」
「顔は、見られたんでしょうか?」
「・・少しだけ・・かな?」
「そうですか・・。」

寡黙な二人が興味を抱いているのは、すばらしく興味深い物である。
が、二人はその話題をすぐさまやめるとまた自分のすべき書類へと戻っていく。

この二人は、格好もいいし仕事熱心だと、ジャンは感心するばかりである。

が、視線を副官であるルイスがいたはずの机と軍曹であるビリー・シモンズの空の席に視線を泳がせると思いのほか大きなため息が出てしまった。
ジャンは、ため息を吐いたそのままの姿勢で眉間の皺を直そうと、人差し指でその皺の部分を抑える。
腕に嵌めた軍支給の真っ黒なごつい腕時計を眺めると、現在の時間11時30分。
ジャンは、思わずもう一度横目でちらりと隣の空席と真正面の空席を見る。
そういえば、軍曹であるビリー・シモンズも、ルイスも帰ってくる気配がないのだ。
二人は朝からの軍法会議でのお茶汲みというか書類整理の仕事を他の班から頼まれ出て行ったのだ。
だが、その会議も終了したのは、30分ほど前。
違う班の班長から、二人の助っ人ありがとうと終了の挨拶の一報を貰ったのにも関わらず帰ってこない二人組。

それ以外といえば、2団部屋は静かなモノである。

いつもにぎやかなその二人がいない分、仕事がうまく動いていると言ってもいい。
皆が机に向かい書類整理を行い時間を見ては研修や演習の算段について話し合いをする。
あの二人がいてはこうは行かない。
ビリーもルイスも、カールとジュンとは良い感情抱きあっていない為かいがみあっている。
たいていの場合は、カールとジュンは寡黙にそうですねと子供扱いのようにしてそのいがみ合いも終わるのであるが、この忙しい最中はそれが無いほうが面倒が少なくていい。

実際、この時期に行う演習も研修も半端でないほど多いといってもいい。
繁忙期とはこのことだ。

4月に新人として入ってきた二等兵に研修と称し、自らどの部署を配属したいのかを選ぶために部署毎に仕事や雑用をさせていくのだ。
そして、半ばその雑務にもなれ親しみ、自ら部署を選んだ頃には演習を行う、それがこの時期の部署に配属されたモノの大きな仕事である。
昨日の研修(砂漠)もその一環で、実際には全く部署とは関係の無い仕事をさせていたりしていたのだが、さすがにこの部署特有の銃撃研修や、演習も体験させておかなければいけない。

そして、その件でジャン・シルバーマンは頭を悩ませていた。
机に広がる地図の海。
研修とは名ばかりの演習を行うに当たって、それを行う候補地が決まらないのだ。
先日にも、くじ運の悪いルイスに付き合って砂漠穴掘り研修みたいに雑用をしていたが、あんな事しないでこの件をもう少し考えてしておくべきだった後悔すらした。
が、済んでしまったことであるし、後悔は先にたたず。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央